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できない女のスパイラル〜転職できない女3転職できる妻の失敗例

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うちの奥さんは、本人の意思とは全く関係がないのですが、よく転職しました。本人は、新しい職場で一生懸命働こうと思うのですが、なぜか辞める方向へ行くのです。
私には、彼女が会社員に向かないことがわかっていました。
今日のブログは、必ず正義は勝つという強い気持ちを持った私の奥さんの転職の物語です。転職はしようと思えばできますが、続けることは難しいという話です。

今日のお話は、転職できる妻の実例の二回目です。前回のお話は、できない女のスパイラル〜転職できない女2いつでも転職できる妻の実例1をご覧くださいませ。

乗り越えられない壁はない

「だって、その証拠にみんな生きてるでしょう。生きているということは、壁を乗り越えてきたということ。あなただって壁(脳腫瘍)を乗り越えたからこうやって生きてるじゃない? 生きていたら、人間は成長するために目の前に壁(障害)が必ず現れるけど、どんな高い壁でも乗り越えてきてるから、人として成長してるでしょう? だから、乗り越えられない壁が現れることはないの

乗り越えられる壁だけが現れる。

 

茜さんは、「引き寄せ」だとか、なんとか言われる遥か以前に、すでに「引き寄せ」を行っていました。

てか、実は誰もがやっていることなんです。「引き寄せ」はそれを「意識的にやったほうが効果的」と、言っているだけで。

外資系銀行に派遣社員として契約期間の2年間勤務しましたが、子供はできません。やはり、慣れないストレスのかかる仕事だったので、それも原因かもしれないと。

すると、ちょうどそのタイミングで美術館の社員学芸員募集を知ります。その募集を見たとたん、

「すぐにそこで働いている姿がイメージできちゃった。だから、絶対に受かるよ」

彼女は、すぐに受験。50名の中で二人だけ採用という倍率を突破して合格します。

 

再び、美術館で働けることになったのです。

しかし、そこは、某大手飲食業界のオーナー社長の個人所蔵品を集めた美術館でした。業界では、いわゆる評判のよくない美術館として知られたところでした。

仕事は、所蔵品の管理と、オーナーが手に入れたいと思う美術品をいかに安く買い叩くか。そして、自分の美術品をいかに高く売りつけるかということが、仕事の大部分でした。

美術館とは名ばかりで、美術品を投機的に売り買いするビジネスを目的としていた会社だったのです。

彼女の求める、芸術に対する高尚な想いなど、従業員には微塵もなく、オーナーの鶴の一声で右へ左へ動く人間ばかりでした。

つまり、彼女のように、美術に関し深い造詣を持ち、アートに対し敬意を払っている人間が一人もいない。美術品はあくまで商品。商売道具に過ぎない。

会社が彼女に求めていたのは、彼女の持つコネクションや鑑定眼でした。

時代は美術界にとっても、暗黒の時代です。やはりおいしい話は転がってはいないのです。

結局、わずか3ヶ月でそこも退社。

 

彼女は、転職しようと思えば簡単にできます。しかし、転職できても、会社の目指す方向と彼女の目指す方向はどうもうまくかみ合わない。お互いに向いている方向が違うのです。

なぜ、こうなるのだろう?

それを知るためには、まだまだ、彼女の人生を見つめなおさなくてはなりません。

 

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彼女は仕事になにを求めているのか?

 

子供はあいかわらずできません。

「少しでも慣れた環境でアルバイトでも楽しく仕事がしたい。次の仕事は妊娠するために楽しくできる仕事。プラス、契約社員でも育児手当、育児休暇がもらえるところ」

次の仕事は妊娠するため。

 

そして、受験して受かったのが、自治体が運営する文化財団の契約社員でした。

自治体が主催するコンサートや舞台、イベントなどを企画、運営する会社です。美術関係とは全く違いましたが、それでも、外国人アーティストの舞台やオーケストラのコンサート、落語寄席やお笑い芸人のライブなど、芸能のプロの仕事に携われるということで、嬉々として転職しました。

「仕事は楽しい。しかも、自治体が母体だから契約社員でも育児手当が出るし、育児休暇も取れる!」

制度的には、そうでした。しかし、現実は、全く違っていました。

まず、職場。

以前働いていた美術館と全く環境が違いました。

美術館の学芸員の大半は女性でしたので、女性にとって、とても働きやすい職場だったのですが、ここは全く逆でした。

自治体が運営する文化財団だったので、社員や上司の大半は、役所からの出向や異動、そして、天下りの元役人ばかり。仕事に情熱を燃やす社員など皆無の状態でした。彼らは割り当てられた予算を使い切ることだけを責務とし、1年間の決められたスケジュールをただ無為無策にこなしていく。

しかも、契約社員に対する職業差別、セクハラパワハラ発言は日常茶飯事。

だから、奥さんがいくら新しい企画やアイデアを提案しても、まったく採用してもらえない。要するに雑用しかやらせてもらえないのです。イベントの企画、運営に関しては彼らはまったくの素人です。奥さんはプロです。しかし、彼らが、

「契約の分際でなに偉そうなこと言ってんだ!」

と、面と向かって言い放つ。要するに、イベントをさらによくしようなんて気持ちはさらさらない。一つ一つのイベントを最初の計画通り、波風立てずにつつがなくこなしていくことが、彼らの使命なのです。

そんなことで、黙ってしまうような奥さんではありません。自分で企画書の不備を指摘し、自分で企画書を作り、新しい試みを提案します。無駄なお金が明らかに無駄なところに使われている。それを別のところに回せばもっといいものができる。それが明らかでも、やはり採用されません。

「昔は大きな美術館で働いていたかもしれないけれど、今、君はただの契約社員なんだよ。誰も君にそんなこと求めてない。君の仕事は雑用。それが君のいま、求められている仕事」

それが、現実なのです。

なにをどうやっても動かしがたい現実。しかし、彼女は諦めません。

「無駄が多すぎる。時間がかかり過ぎる。出演者に払うギャラも高すぎる。民間ではあり得ないことばかりがここでは起きている。税金の無駄遣いという意味がここで働くことで、はっきり自覚することができた。だから、わたしは諦めない。絶対に変えてみせる!」

ますます、彼女に火が点きます。もちろん、わたしには止められません。わたしが止められないということは、誰にも止められないということです。

当然、子供もできません。だから、わたしは彼女にこう言いました。

「子供はさ〜。諦めて、仕事に専念すれば?」

「そうだね。子供は無理かもね…」

そう言って強く願っていた思いをポーンと手放した瞬間、奥さんは妊娠したのです。

「引き寄せ」にもありますね。「強く願ったあと、宇宙に想いを委ねる」と。

まあ、そのとき、「宇宙に想いを委ねた」とは思っていませんでしたが、結果、そういうことなんでしょうね。委ねてたんでしょうね。

事実、このとき二人でよくこんな会話をしていました。

願いって、すごくすごく思い続けているときは叶わないのに、いつのまにか願いを忘れたころに、ポーンと叶うよね。そういうこと多くない?

「多い多い。だから、宝くじもタンスの肥やしにするといいって言うんだろうね。忘れちまえって」

いや〜。昔の人って、物事の真理を上手い言葉で表現しますよね。

彼女が、この会社に入りたいと思った一番の理由は、

「好きな仕事だとリラックスしてできる。そうなると、子供もできやすくなるかもしれない」

そうなんです!

彼女が一番、望んでいたことは、「この会社を改革する」ことではありません。

「子供をつくること」

でした。

だから、そのことを強く願っていた。だから、忘れたころに願いが叶えられたのです。

 

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「必ず正義は勝つのだ!」という思い込み

 

妊娠して、そのことを上司に告げると、思いがけない反応が返ってきます。それは、

「じゃあ、いつ辞めるの?」

でした。当然、育児休暇を取り、育児手当がもらえるものと思っていたのに、

「はっ?契約社員はダメだよ!」

と、恫喝されたのです。

「制度的には取れるとあります」

そう主張しても、

「あなたすぐ制度制度って言うけれど、仮にそうであっても実際に取る人なんていないし、できないこともあるの。ダメダメ。ふざけたこと言ってんじゃないよ!」

完全に火が点いた奥さんの戦闘モードは全開に。そこから法律を調べ、労働基準監督署に行き、現状を訴えたのです。(マタハラからのパワハラを許すな!をごらんくださいませ。)

「わたしは、法律にのっとって権利を主張しているだけだよ。それなのに、行使できないなんておかしすぎる。わたしは戦う。だって正義が負けるはずないもん!

正義が必ず勝つ

 

「それが正義でも、それが正しいこととして認められないのが会社組織なんだよ。あなたもたくさん経験してきたでしょう。会社とは、その理不尽と共存し、妥協していくところなんだよ」

「そんなのおかしい!わたしはそんなくだらない慣習とは共存しない。正しいのはこっちなんだから、大丈夫。絶対に勝つ!」

育休明けからの復活ならず、専門学校へ

 

そうして、彼女は育休と手当を両方手に入れることができました。そこの財団法人が契約社員に育休と手当を与えた初めての例となりました。

しかし、育休明け、次に彼女を待っていたのは、上司からの露骨なまでのパワハラです。

そもそも、この会社を選んだ理由は、

子供をつくる

そして、

育児休暇と育児手当をもらう

と、いうことでしたから、パワハラと戦う情熱も体力も、理由もありませんでした。

彼女は争うこともなく会社を辞め(その直後、彼女にパワハラを働いた上司は、子会社に出向させられたそうです)、

「わたし、学校に行くわ!」

と、宣言します。インテリア專門学校です。

「おっ、ついに起業する気になったの?」

「もうこの歳になって美術館で就職するのも難しいと思うから、美術業界で養ったセンスを生かせてニーズの多い仕事ができればと思ってね。だったらインテリアコーディネーターや収納コーディネーターだと思って!」

「資格取ってどうすんの?」

「まずは、資格を生かせる会社に就職しようと思って」

資格を生かせる会社に就職しよう

 

「インテリア関係の会社って、簡単に就職できるの?」

「美術業界とは違って、インテリア関係の会社は、星の数ほどあるんだよ。どっか受かるでしょう。そして、そこで修行をして、起業はそのときに考えればいいかなって」

どっか受かるでしょう!

 

「何度も言うけど、あなたのような人は会社勤め、向いてないんだけどね。さっさと起業するべきだと思うな〜」

 

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專門学校生による、スピーチ大会で全国2位

育児をしながら、1年間、専門学校に通い、最後に行われる專門学校主催の卒業プレゼンの全国大会で2位という成績をおさめました(ワールドビジネスサテライトで、インタビュー映像が流れました)。

その結果、専門学校の推薦で、美術系のインテリアを扱う会社に就職できることになりました。

まさに有言実行。どこまで言っても、どんな状態でも有言実行。

でも、ここでも、彼女は失敗します。まったく彼女と方向性が合わない会社でした。しかも、彼女が配属されたのは『営業』。いわゆる外回りの足で稼ぐ、王道営業。

「無理〜。わたしには無理……」

「でも、そのプレゼン力を買われたんじゃないの?」

「そう。だから、企画部に配属されると思ったのに…」

「いずれそうでも、最初は営業でサラリーマンの基礎をしっかり鍛えるってことなんだろうね」

「こんなおばさんにいままで一度もやったことないことやらせるなんて…無理。辞める」

「えっ?だって、行き始めたばっかりじゃん。1年くらい我慢したら異動させてもらえると思うよ」

「ダメ。1年も我慢できない。明日、辞めるって言ってくる」

「紹介してくれた学校に迷惑かからない?」

「先に学校に謝罪に行く。辞めるなって言われたら考える。でも…、続けられない。無理」

専門学校の先生や学校の事務の方に相談した後に、自分で納得したようです。

入社してわずか一週間で、彼女は退職。

「資格を生かせる会社」に就職できても、「どっか受かるでしょう」

程度の想い入れしかなければ、入社できても、このような結果が待っているという好例だと思います。

いくら簡単に転職できても、舐めていたら、舐められる結果が待っているのです。いい加減な想いは、いい加減な結果しか導き出せません。

簡単に転職できるのは、ひとつの才能かもしれないけれど、過信をすれば、しっぺ返しを食らう。

彼女にとって、これも世の常だと、思い知らされるような出来事となりました。

やっぱり、

想いの熱量というか、

熱意と明確なイメージ

 

これは、とても大切なことだと思います。

初のアルバイト生活

そして、最後の転職は、これもまた今までとはまったく違うパターンでした。

「結局、自分は社員に向いてないんだね。この歳になってようやく気づいたよ」

「遅っ!じゃあ、起業のために準備にようやく取りかかるんだね」

「いまはそういう気持ちもない。考えたんだけど、これからは、音ちゃんの母親として、彼女のために働いて、家族のためにちゃんと生きてみようかなって。わたしは仕事をすることは大好きだけど、自分のために、自分のスキルアップのためにどれだけ一生懸命やってもうまくいかない。そういう自分の想いは違うのかなって最近、ものすごく思うんだよね。だから、のんびりアルバイトでもしながら、家族のためとか、もっと人のためとか、そういうことを考える時間が自分には必要だなって思えるようになったの」

彼女は、インテリア関係の商社にアルバイトとして働き始めました。週4日、朝9時から夕方5時まで。契約しているメーカーから預かった商品を注文のあった小売店に発注する仕事で、まあ、電話の取り次ぎのようなものです。月給は8万円。

給料は少なくても、立場はアルバイトです。

それでも、会社の粗や無駄が見えてきます。しかし、

「アルバイトなんだし、わたしが出る幕じゃないか〜」

そう思えるようになると、彼女の肩からすっと力が抜け、自分のやるべきことだけに専念できました。突然の休みを申告しても問題ありません。ただ嫌みを言われるだけで、馬耳東風を貫いていても問題はありませんでした。子供の突然の病気や行事にもなんなく参加できるようになりました。自分の給料は一切使わず、娘に必要なもの、家族のレクリエーションに全て当てることにしました。それが、彼女には心地よくて仕方ありません。

冷えとりを始めたのもちょうどこの頃でした。

あの、常に戦いの場を求め、世の不条理と戦い続けてきた女戦士が、ようやく戦闘服を脱ぎ、故郷に戻ってきたような感じでした。

穏やかに月日は流れました。

しかし、そんな日も長くは続かなかった…。やはり、彼女は、忘れられなかったのです。あの戦いの日々を…。

あ、すみません。チープなB級映画の予告編のような語り口になってしまいました。

でも、そうなんですよ〜。懲りない茜さん…。

 

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アルバイトから社員へ。そして、再び戦いの日々へ

そんな穏やかに楽しそうに、それでいて、確実に効率的に淡々と仕事をこなす彼女の姿が社長の目に止まり、アルバイトを始めて4年後。

「社員になる気はない?」

悪魔の囁きが、彼女の心を惑わせました。それも当然です。社員になれば単純に給料は倍以上。社会保障も全て付き、資格もフルに活かせます。

それでも、彼女は悩みました。

「社員になると、責任感が全然違う。また、仕事中心の生活になる。たしかに若い時よりは穏やかになったと思うけれど、だからといって手を抜くことはできない。どうせやるなら思ったことを全力でやりたい。どう思う?」

「やりたいんでしょ?だったらやったほうがいいよ。簡単なことだよ。あとで後悔するなら、やらない後悔よりはやった後悔の方が全然いい」

「そうだね。やらない後悔より、やった後悔のほうがいいね。よし、決めた!」

やらない後悔より、やった後悔のほうがいい

 

彼女は、社員になりました。新人とはいえ、年齢的には女性の中では一番上。キャリアも積んでいます。当然、アルバイトとは違います。

例のごとく、彼女は全開モードで仕事に打ち込み、男性上司だろうが社長だろうが、思っていること、こうしたほうがより効率的だ。経費の無駄を指摘。新しいアイデアを次々と提案していきました。

しかし、やはり、身体は正直です。

「会社勤めは向いてない」

その事実に身体がようやく反応するようになったのです。これも冷えとりのおかげかもしれませんね。

2年後、体調を崩し、体調を崩してしばらく休養を余儀無くされ、

「しばらく会社に復帰しないほうがいいわね」

そうドクターストップがかかったとき、ようやく彼女は悟ったのです。

「わたしには、やっぱり会社勤めは無理みたい」

そして、退職届を提出し、再びフリーの身となった彼女でしたが、やはり、体調の不良もあり、精神的にも落ち込んでいました。

しかし、ちょうど一ヶ月が過ぎたころ、二人で外を歩いていたとき、空を見上げた彼女が、ふとこんなことを言いました。

「あ〜。なんか、空が青いってこと忘れてた。久しぶりにこんな青い空を見た気がする」

 

空ってなんて青いんだろう!

お話の続きは、できない女のスパイラル〜転職できない女まとめ「目的と目標を明確にするだけで転職できます!」をどうぞ!

(執筆者:心の冷えとりコーチ 風宏)

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風宏(Kaze Hiroshi)
この記事を書いている人

風 宏(Kaze Hiroshi)

 風宏

心の冷えとりコーチ

冷えとり歴13年目。靴下6枚ばき、半身浴20分。最近お酒がやめられるように変化した2015年2月4日より、女性のための問題を解決するブログを開始。2016年9月GCS認定プロフェショナルコーチ資格取得。女性のための心の冷えとりコーチング講座も開催。