妊娠と出産

”高齢出産”妊婦さんの苦悩2

プレッシャーから解放されたら妊娠した

奥さんが37歳になった直後、妊娠がわかりました。

「こどもをつくろう!」

と、宣言してから3年半後でした。

不妊治療はやらない!

と、宣言したものの、それでも最初のころは、基礎体温を測ったり、排卵日を計算したり、体位はどうだとか、たんぱく質を多く取るとか、いろんなことを試していましたが、結局、なにをやってもダメだったので、その頃にはもうほとんど諦めていたと思います。

「妊娠したよ!」

と、言われたときも、

「えっ?いつの?」

思わず聞いたほどです。

「それがわたしもよくわかんないんだよね〜。たぶん、このあたりじゃないかな〜」

「したっけ?」

「うん。二人ともすごいお酒を飲んだときだと思う」

「えっ?あれ?そんなんでできちゃったの?」

「どうもそうらしいんだよね〜」

「なんだかな〜。そんなもんなんだ〜」

(実は、娘が生まれて2年4ヶ月後に、このときの会話をすべて思い出させてくれるほどの大変な事がわかったんですが、それはまた後々…  『”高齢出産”妊婦さんの苦悩〜おまけ〜

「おれの同僚と同じだね」

前回、わたしの同僚にはもともと子種が少なく3回不妊治療をして4回目を断念したという話を少しだけしました。その同僚にも、いま息子さんがいます。不妊治療を諦めた直後、奥さんが妊娠したのです。

わたしたちは、不妊治療こそ行いませんでしたが、定期的に行う子作りのための性交渉は、ある意味、機械的でした。義務感というか、使命感というか。そういう思いから解放されたときに、朗報が届いた。

 

 ”願いは全ての手を尽くしたら手放さなければならない”

 

と、いう言葉をよく聞きますが、まさに、真理だなと思いました。

 

助産院で産みたい!

 

そして、奥さんは、

「わたし、助産院でこの子産むから」

そう宣言したのです。やはり、若い頃の産婦人科での苦い経験がトラウマになっていました。妊娠がわかった産婦人科は女医さんで、しっかり話を聞いてくださる方だったらしいのですが、奥さんの決意は変わりませんでした。

「なるべく自然な形で産みたい。近くにある助産院はけっこう有名だし、そこでこどもを産んだ人のブログを読んでも、みんなよかったって書いてるし」

「高齢出産でも大丈夫なの?」

「大丈夫みたいだよ。スタッフに助産師さんが4〜5人いるらしいし」

助産院は普通の一軒家でした。入った感じ、空気が淀んでいるような、清潔感に欠けるような、わたしはそんな印象を抱きました。

院長さんはこの道30年以上のベテラン。見るからに、かなり性格のきつそうな方で、若い助産師さんはみなさんお弟子さんでした。

「大丈夫かな…」

わたしが第一印象で感じたことでした。というのも、わたしの知人にも助産師さんがいるのですが、その方は本当に性格が穏やかな人で、こどもが大好きだという雰囲気が全身から溢れているような人ですから、そういう人をイメージしていたのです。

 

助産師の言葉。同僚からの無視。上司からのマタハラ

 

助産師さんとの初面接で、助産師さんは奥さんのお腹を触り、開口一番、

「かなりお腹張ってるわね〜。あなた基礎体温かなり低いでしょう」

かなりきつい口調です。

「はい。血圧も低いです」

そう答えた奥さんに助産師さんはこう言いました。

「あなた、お腹の子に愛情をいっぱい注いでる?お腹の子に愛情を注がないとスネるよ。お腹が張っているのは赤ちゃんがスネている証拠。ひねくれて逆子になったりするから。あなた、まだ気持ちが全然母親になれていないみたいだし」

それを横で聞いていたわたしは、

「高齢出産っていうのも関係ありますか?」

と、聞きました。

「みんなそこに逃げようとするんだけど、ほとんど関係ないわね。きちんと母親になる準備ができているかいないか。一番大事なのはそこだよ」

(へ〜、そういうもんなんだ〜。精神論なんだなフムフム)

と、わたしは感じていました。と、いうか、ほとんど盲信です。

「はい…」

そう答えたものの、奥さんは今にも泣き出しそうな顔をしています。

助産院を出て、

「気持ちが母親になってないってどういうこと?」

「もっと、お腹の赤ちゃんに話しかけるとかそういうことじゃない?」

「わたしちゃんと話しかけてるよ。モーツァルトも聞かせてるし」

「ん〜。そういうマニュアル的なことじゃないんじゃない。もっと、母親がこどもに話して聞かせるようにさ。一日に起きた出来事とかさ、絵本とか読んだらいいんじゃない。心こめてさ」

「自分のお腹に話しかけるってけっこう難しいんだよ。ずっと、独りごと言ってるようなもんだし。仕事もあるし、そんなことばかりできないよ。…なんか母親失格みたいなこと言われたけど…。わたし、母親になれるのかな…」

「そういう考えかたがダメなんじゃない。いまのままじゃだめなんだよ。だって先生がそう言ってんだから。母親がそんなことで不安がってたらダメでしょう。お腹の子にそのまま影響するよ」

いま思い出すと、わたしもずいぶんひどいことを言ったものです。

 

 

同僚の反応は?

 

「おめでとう!よかったね。すごいよ。不妊治療しないでできるなんて」

そう言ってくれたのは最初だけでした。予想はしていましたが、彼女たちは奥さんを避けるようになりました。不妊治療をしている”女性仲間”です。一番奥さんと仲がよくて、一番話をしていた人は、職場を辞めました。

「ごめん。一緒に仕事をすることに耐えられない。あなたは全然悪くない。でも、素直に祝福できない自分がいて、自分のこともあなたのことも、ものすごく嫌いになりそうだから。ごめんね」

そう言って辞めていきました。

そんなんで、仕事を辞めるの?

わたしは、ものすごく驚きましたが、これが、

 

 不妊に悩む女性の現実

 

なのだと、思い知らされました。

とはいえ、あまりに残酷です。なんでこうなってしまうんでしょう。わたしにはわかりません。妊娠中の奥さんのショックは計り知れません。さらに追い討ちをかけてきました。今度は、男性上司です。

 

マタハラ

 

「彼女は辞めたのに、あなたは辞めないの?」

非正規社員の人事権を持つ50代の男性上司でした。

「ギリギリまで働きたいんですけど…」

「じゃあ、いつ辞めるの?」

「辞めるんじゃなくて産休と育休を取りたいんです」

「えっ!そりゃダメだよ。だってあなた正社員じゃないでしょ。非常勤の育休は認めてないから」

「産休はもちろん取れるんですよね」

「取れることにはなっているけど、今まで取った人いないから」

「でも、規定では非常勤でも育休も取れるって書いてありましたけど」

「でも、うちの組織ではそれは認めてないの。非常勤の育休は認めない。そういうこと」

奥さんは、その上司のさらに上の人に相談をしました。すると、返ってきた答えは、

「たしかに、厳密に言えば取れるけど、契約の職員さんを束ねているのは彼だからね〜。かりに取れても、戻ってきたら居づらいだけだよ。それでも、いいの?」

「どうして、権利を主張できないんですか?」

「もちろんできるよ。できるけど、前例がないし、いろんな人に迷惑かけるわけだし。たぶん、あなたがつらくなるだけだと思うよ。もちろん、わたしのほうからも彼には認めるように言ってあげるけど…」

そういうだけで、その上司は、なにもしてくれませんでした。奥さんは、最後の手段で、労働基準監督署に相談に行きました。すぐに、職場に連絡が行き、例の男性上司の直属の上司から奥さんは呼び出されました。そして、

「産休は取れるけど、育休も取ってそういう形で復帰しても居づらくなるよ。ここはそういうところだから。今まで産休とった契約の方は一人もいないし。それでも取りたい?」

また、同じことを言ってきます。

「お願いします」

「じゃあ、申請してあげるけど、あとは知らないよ。僕ちゃんと申請してあげたからね」

(とにかく、自分にはこの後なにが起きても責任はない)

そう、言っているようでした。

 

奥さんは無事、産休を取ることができました。

といっても、結局は、お腹の赤ちゃんの異常を知って、その前に休むことになるわけですが、復帰後は、例の上司からのパワハラが待ち受けていました。それはそれは露骨な醜いパワハラでした。その件については、パワハラのお話をするときに詳しく書きますね。

職場でのこれらのストレスが、お腹によくない影響を与えたことは間違いないでしょう。

奥さんは、妊娠3ヶ月が経ち、4ヶ月が経っても、容態は安定しませんでした。

「お腹が張っている」

「血圧がぜんぜん上がらない」

「体重が全然増えない」

精神的にも、負のスパイラルにはまっていったのです。

そして、助産師で、お腹の赤ちゃんの状態が、普通ではないことがわかります。

そのときに助産師さんが、奥さんに放ったひと言。

なんとか、ギリギリのところで踏ん張っていた奥さんを地の底に突き落としたあのひと言。

それは、次の回で。

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