嫁姑問題

心の冷えとり あって当然。嫁姑問題 孫と張り合い、孫にママの悪口を言う姑13

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なんと、狸寝入り

 

 

その夜、夜ご飯を食べたわたしたちは部屋に戻ります。戻ったとたん、

「あ〜、お酒飲みすぎた。酔っ払った〜」

そう言って、母がベッドに横になります。

「ばあば〜、お風呂行こうよ〜。ご飯食べたらお風呂行くって、約束したよ〜」

「音ちゃん、いまばあば、ご飯食べたばっかりやからね。ちょっと休ませて。もうちょっとあとに入ろう」

たしかに、お酒を飲んですぐに入るのはよくない。だから、

「音ちゃん、1時間くらいゲーセンに行こうか?ゲーセンで遊んでからお風呂に入ろう」

「うん。わかった。じゃあ、ばあば、1時間後ね。約束だよ」

「はいはい」

しかし、わたしはこのとき不穏な空気を感じとっていました。父も同じことを感じたようで、わたしのほうを見て首をひねっています。

そして、1時間後、部屋に戻ると母は布団にくるまって寝ています。眉間にシワを寄せていかにも苦しそうに。そう、いかにも苦しそうに”演じているように”。

「ばあば〜!お風呂行こ〜」

音ちゃんの言葉に、母はまったく反応しません。でも、明らかに意識はある。寝ているときの顔つきではありません。わたしにはわかりますが、音ちゃんには見抜けない。まさに”子供だまし”の演技。

「気分が悪いの?」

わたしがそう言っても、なにも反応しない。聞こえているのに。

「えっ?うそでしょ?狸寝入り?」

思わずそう言っても、反応なし。

「おやじ?なに?これ?こんなのあり?」

「おれにもようわからんっちゃ。もうこれ無理やぞ」

「うそ?うそだよね。約束破るにしても、こんなのないよね? ね、やめてよ」

そう言っても起きない。

「ばあば、どうしたの?気持ち悪いの?」

音ちゃんが本気で心配して、そう言います。仕方なく、じいじは、

「ばあばはね〜。お酒飲みすぎて気持ち悪いみたいなんだよ〜」

「じゃあお風呂は?」

「音ちゃん、パパと行こ。また、パパ、外で待ってるから」

「いやだよ〜。だって、ばあば約束したじゃん」

「ばあば、気持ち悪いんだよ。仕方ないじゃん」

 

音ちゃんは、だまって浴衣に着替え、わたしと一緒に部屋を出ました。そして、

「パパ。ばあば、絶対気持ち悪くなんかないよね。わたし(この当時から、自分のことを”わたし”と呼ぶようになりました)と入りたくないんだよね? もうばあばにはお願いしない。だって、もうウソつかれたくないもん。ばあばが嘘つきなんて思いたくないもん」

一応、フロントに行って、家族風呂が空いてないか聞きます。もちろん空いてない。

仕方なく、去年と同じように、わたしは早めに出て女湯の前で娘を待つ。

温泉から戻ってくると、部屋はすでに真っ暗。父も寝ています。わたしと音ちゃんは仕方なく、お土産屋さんやホテル内を散策して眠くなるまでの時間を潰し、部屋に戻りました。そして、布団に入って就寝。

30分ほどすると、ゴソゴソと音がします。

母が、静かに起き出して、お風呂の道具を持って部屋を出て行きました。音ちゃんはすでに深い眠りについている。今度はわたしが狸寝入り。なんで、わたしがやらにゃいかんのだ!?

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悟る小学3年生

 

そして、夜があけて早朝。6時くらい。母が起きる。そして、また、静かに、お風呂の道具を持って部屋を出て行きます。

朝7時前、音ちゃんの目が覚め、ばあばがいないことに気づく。

「あれ?ばあばいない。どこにいったんだろ? もう気持ち悪いの治ったのかな〜」

この音ちゃんの気持ち、どう始末をつけてくれるんだ? おふくろ! わしゃ、もう知らんぞ。

しばらくすると、さっぱりした表情の母が戻ってきました。

「ばあば、どこに行ってたの?」

と、いう音ちゃんの問いに、悪びれる様子も全くなく、

「音ちゃん、おはよう! 朝のお風呂は気持ちいいよ〜。音ちゃんも朝ごはんの前に入っておいで。宏、あんたも入っておいで。温泉に来たら、やっぱり朝風呂は最高やね〜」

「いや、わたしはいい・・・・」

音ちゃんの目が、(ばあばは一体何を言ってんの? 大丈夫?)

と、わたしに訴えています。

朝食に向う途中、音ちゃんは、こそっとわたしにこう言いました。

「パパ? さっきのばあばの言葉、どういうことなの? なんであんなことが言えるの? おかしくない? おかしいよね?」

「あのね〜。パパもよくわかんないんだよ。とぼけてんのか、本気でボケちゃってんのか、全然わかんないんだよな〜。たぶん、じいじもわかってないと思う。つまり、どういうことかわかるかい?」

「信用できない!」

「そう。それと、約束できない!」

「そうだね。約束しても簡単に破るんだもん!」

「残念ながらね。まあ、残念ながらばあばは、そういう人ということだ」

「仕方ないね〜」

「世の中にはああいうタイプの人、たくさんいるから、身内にいるってことはツイテいるってことだよ」

「ツイテはいないよね〜」

「おっ?突っ込むね〜」

「まあ、ばあばは、ばあばだしね」

「そのとおり!ばあばは、ばあばだ。そして、パパはそのばあばの子供だ。音ちゃんは、そのばあばの孫だ。だから、仕方ないのだ」

「そうだね〜。ママは子供でも孫でもないもんね〜。は〜……。仕方ないか〜」

 

そうか、9歳ともなると、女の子ってこんなに大人なんだね。わたしも気づかされたのでありました。

12杉の井ホテルの棚湯

 

やっとノンストレスな2015年、夏の旅館

 

今年の夏、ついに音ちゃんからあの言葉が出てしまいました。

世の中の全てのじいじとばあばが恐れる孫のあの忌まわしい言葉…。

「あ〜あ、もうじいじとばあばのところに行きたくないな〜。だって退屈なんだもん」

音ちゃんも10歳。

もうそろそろ言うかな〜? そう思っていたら、やっぱり言った。言うか、この歳になったら、やっぱりね。

「でも、一年のうち、夏休みの一週間だけしか会ってあげないんだし。ものすごく楽しみにしてるよ、じいじとばあば」

「じいじはね〜。わたしも会いたいよ。でも、ばあばがね〜」

「まだ、根に持ってる?」

「持つよ、そりゃあ!」

「そうか、まだ根に持ってるか。そうか〜…」

「あんな嘘つかなきゃいいのに。ばあばがあんなこと言わなきゃ、家族風呂に入れたんだよ。どう考えてもひどかったよね、あれは! わたしは大きなお風呂を楽しみにしていたんだもん」

「まあ、でもお年寄りだからさ。大目に見てあげてよ。今年は家族風呂とるから。もうばあばには黙って、こそっと取るからさ」

「絶対だよ!絶対、絶対、絶対、絶対!絶対だよ!」

 

今年は、

「ゆったりのんびりできる静かな旅館がええの〜」

齢、じいじ78歳。ばあば73歳。気がつけば、けっこうなご高齢に達していた二人のリクエストに答えて、佐賀県嬉野温泉の『和多屋別荘』にやってまいりました。

 

前日の夜から、音ちゃんは、

「パパ、家族風呂、予約した?」

「予約できないんだよ。チェックインの時に申し込みをして、空いていたら入れるんだよ」

「え〜?空いてなかったら、わたしまた一人じゃん」

『車で膀胱炎』に続き、『旅館の大浴場』も、今や音ちゃんの夏のトラウマです。

 

そのために、旅館に早めにチェックインしてから観光するというスケジュールを立てます。あくまで、ばあばには隠密に。

そして、チェックイン。フロントで、ばあばに見つからないように、こっそり家族風呂を予約。

その前の夕食では、母に、じゃんじゃんお酒を飲ませ、酔わせておいて(それでも昨年のように気持ち悪いとは言いませんでしたが…)。

夕食後、音ちゃんと二人で家族風呂へ。二人にしては目一杯大きな室内風呂。体を伸ばしても楽々バタ足できるくらいの広さがあります。制限時間50分という縛りはありますが、歌を歌っても飛び込んでも大丈夫という、子供にとっては、ここでしか体験できない楽しい時間を過ごせました。

そして、チェエクアウト後、母がポツリと、

「音ちゃん、よかったね。ここのお風呂はパパと一緒に入ったんやろ? 男風呂、どうやった? 小学生の男の子おった? 大丈夫やった?」

立て続けに聞いてきます。音ちゃんは困った顔をして、わたしの方を見ます。

「いいよ。言っても」

音「パパと家族風呂に入ったから、楽しかったよ。ものすごく広かったしね、泳げたんだよ」

母「えっ? 家族風呂に入ったん? なんで黙っとったん?」

わたし「言ったら、お金もったいないって言うやん」

母「お金、別に払ったんね」

わたし「払ったよ」

母「まあ〜、お父さん、ちょっと聞いた?この人たち、内緒で家族風呂入ったみたいよ。ずるいね〜」

父「なんが、ずるいか。ちっともずるくないわい」

母「そうね? だったらええけど。どうやった? 音ちゃん。楽しかった?」

音「うん。楽しかったよ」

母「そりゃ、よかったね〜。ばあばも楽しかった〜。ありがとう。こんなええとこ連れてきてくれて。ねえ、お父さん」

父「おお、そうやの〜」

yjimage嬉野温泉『和多屋別荘』佐賀牛の食事が絶品でした!

 

油断のばあば、言ってはいけない一言で、音ちゃんの信用を完全に失う

 

旅行も終わり、その翌日には突然、友人家族と別府・杉の井ホテルに行くことになるというオマケもついて、音ちゃんにとって、最高の一週間となった最終日の夜、じいじとばあば、音ちゃんとわたしの四人でご飯を食べていた時のことです。

すこしお酒が入ってかなりご機嫌な母が、また、例の言わなくてもいい話をし始めました。

「音ちゃん、もう明日、東京に帰ってしまうんやね〜。ばあば、寂しいな〜」

「わたしも寂しいよ〜」

「そうね! 寂しいね」

「うん。だって、一週間楽しかったもん。別府にもまた行けたし」

「そうね。よかったね〜。ずっとここにいたいって思ったね?」

「それは思わないな〜。友達いないし、ママにも会いたいし」

「ママに会いたいんね?」

「もちろん会いたいよ」

「へ〜。あんなママでも会いたいんね?」

「会いたいよ……」

「へ〜。あんなママでも会いたいんやね〜。へ〜そうね?」

「……」

「音ちゃん。東京に戻らんでうちの子にならんね。このままこの家に居りぃ」

「……」

「でも、あんなママでもママがええんやね〜。やっぱり子供はママが好きなんやね〜」

 

とうとう踏み込んでしまったのです。触れてはいけない領域に。

とうとう言ってしまったのです。絶対に言ってはならない一言を、絶対に言ってはならない相手に。

 

音ちゃんは、途中から聞こえないふりをし始めました。父は眉をしかめてわたしを見ています。わたしもおそらく同じような顔をしていたのでしょう。わたしたちの表情に気づいた母が、

「なんね? どうしたんね? 苦虫を噛み潰したような顔をして」

「いや、別に。来年はどこの温泉に行こうかね〜」

と、わたしはなんとか話題を変えましたが、もう遅かったのです。

 

そして、翌日、空港に向かい、空港でいつもの別れの儀式を行って、空港の待合に座ったわたしと音ちゃん。

「パパ?」

「なに?」

「来年の夏もここに来るんだよね〜」

「来年は5年生だからバレエとか、勉強とか、どうなっているかわからないけど、なにも予定がなければ来ることになるんじゃない?」

「そうか〜……」

「なに?」

「もう…、いいかな…」

「もう、来なくてもいいかな?ってこと?」

「そういうこと。だって、ばあばが……」

「ん?」

「ママのいないところであんなひどいこと言うんだもん。パパも思ったでしょう?」

「まあ…ね〜。でも、仲が悪いからね〜。仕方ないんじゃない?」

「でも、ああいうことを言うばあばは、いやだな〜」

「そうだね。でも、言えば気が済むんだからさ。いいじゃん。言わせとけば」

「仲が良くないのはわかってるけどさ〜。ああいうことをわたしに言ったらダメだよね〜」

「そうだね。でも、言っちゃうんだよ。ブレーキが効かないんだよ。おばあちゃんだから。仕方ないんだよ」

 

6a108f03f08de501291be8146cd998cf_s子供にとって、どんなときもで、ママが一番!

 

子供の心はスポンジのようなもの

 

子供の心はスポンジのようなものです。

耳にした言葉を、そのままの言葉通りに受け入れます。

察したてくれたり、大目に見てくれることはありません。

特に、ショックを受けるような言葉は、時間が経てば消えてなくなるどころか、時間の経過とともに、どんどん大きくなって心全体に侵食していきます。

それが子供同士だったら、まだ時間が癒してくれる場合もあります。悪気のない言葉で、人を傷つける言葉を言いがちですし、言葉自体も稚拙です。被害者と加害者がコロコロ変わります。いじめとか、深く相手を傷つけようという意図を持って発した言葉は、また別の次元の話になりますが、そうでなければ、時間が経てばなんとかなるものです。

しかし、大人の言葉は違います。

子供は、大人の言葉を信じます。それが家族ともなるとなおさらです。100パーセント信じてしまいます。

その言葉が、傷つくような言葉だったら、どうなるでしょう?

自分を責めます。

じゃあ、その言葉は絶対に間違っていると、確信を持ったら?

大人を嘘つきだと思います。

嫌いになります。

子供の心はスポンジです。一度心に巣食った濁った油のような疑念を、取り除くのはものすごく難しい。

いくら洗い落とそうとしても、無理です。

長い時間をかけて丁寧に洗浄していかなくてはなりません。

だから、

大人は子供に対して、軽々しく、人を非難するようなことを言ってはならないのです。

 

音ちゃんは、大好きな大好きなママのことを、ばあばから非難されました。

「あんなママでも」

その言葉に含まれたばあばの意図する意味くらい、10歳の子供には、十分すぎるくらいわかるのです。

そんなばあばのことを、たったその一言で、子供は大嫌いになってしまうのです。

もし仮に、音ちゃんもママのことを、

「あんなママだけど…」

と、感じていたのなら、ばあばのこの発言は正当化されます。しかし、音ちゃんは、ママのことが大好き。

そのママのことを、

「あんなママでも」

そう言われて喜ぶはずがない。

考えればわかりそうなのに、母は、わかってなかったんですね。

悲しいことです。

 

仕方ないんです。歳も歳なんです。だから、言うくらい、いいじゃん。言うだけなんだから、許してあげれば?

わたしなんか、そう思うんです。自分の親ですし。

でも、それは、大人の考え方であり、大人の良識です。子供に、そんな複雑な感情を受け入れろと言っても、無理なのです。

大人の理屈を子供に理解してもらおうなんて、虫が良すぎる。

子供は、単純です。

子供は、おばあちゃんより、お母さんが好きなのです。

ましてや、子供は、嫁姑問題なんか知らない。てか、関係ない。

家族の中心は自分であり、自分を中心とした家族はみんな仲良し。

 

それが、子供の常識なんです。

 

ばあばがね〜(Σ(・□・;)

 

東京に戻り、奥さんと音ちゃんが、九州の話をしています。

「旅行どうだった?楽しかった?」

「楽しかったよ〜」

「旅館どうだった?」

「パパと入れたから温泉もよかったよ〜。最高だったよ。別府にも行けたし」

「よかったじゃん」

「でも、ばあばがね〜……」

「ばあばがどうしたの?」

「う〜ん、ちょっとね〜。なんかちょっとガッカリっていうか〜」

「そうなの?」

「なんか自分勝手なんだよね〜。文句ばっかり言っているし・・・。 なんかどんどん自分勝手になっちゃうっていうか〜」

「それは毎年、歳とっていくんだもん。もう、おばあちゃんなんだから仕方ないよ」

「そうなんだけどさ〜。じいじは、いいんだけどな〜。ばあばがな〜、わけわかんないんだよな〜。来年、もう行きたくないな〜」

 

ついに、こうなってしましました。

膀胱炎になっても、お風呂に入ってくれなくても、「行きたくない」とは、言わなかったのに、とうとう、「行きたくない」と、はっきり言ってしまいました。

それもこれも、

「あんなママでも」

すべて、この一言に尽きます。

おそらく、音ちゃんは、この言葉を一生忘れないでしょう。

 

わたしだって覚えてますから。

6歳の時、祖父母の家にやってきた占い師というおばさんから、突然、

「この子は浮気者になるね〜」

と、言われた一言を。あの時の映像を今でもはっきりと思い出せるほど、わたしはその言葉にものすごいショックを受けたのですから。小さい頃から早熟で、外国映画が大好きだったわたしは、「浮気」という言葉の意味をそれとなく知っていました。そして、占い師のことは、魔術師のように思っていました。未来が見える人なんだと信じきっていました。だから、

「ぼくは女の人を傷つける男になるんだ」

「ぼくは大人になると最低の男になってしもうんだ」

ずーっと、「浮気者」。

この言葉が、スカスカのスポンジだったわたしの心にドロドロの油のようにこびりついて、わたしを苦しめましたもん。小学生のとき。5年生とき、初めて女の子を好きになるという感情が湧いてきたとき、

「でも、ぼくは浮気者なんだ。人を好きになる資格なんてない」

て、本気で悩みましたよ。いや、冗談じゃなくて。マジで。

あの占い師のおばはんの顔、絶対忘れられない。

子供を侮るなかれ。

次回、ラスト。

嫁姑問題、まとめです。

d10970c1f7b05cca0e44c6515a9031c3_sうちはこういうの、無理だったか…。

 

(執筆者:心の冷えとりコーチ 風宏)