嫁姑問題

心の冷えとり あって当然。嫁姑問題13 許せない姑や嫁を許す方法

SPONSORED LINK

嫁姑は、ただの他人です。

 

嫁と姑は、ただの他人です。

そのただの他人が、ある日突然、家族になってしまったのです。

一人の男を介して。

男は最初から嫁のことも姑のことも知っています。

だから、その男が、トライアングルの中心にいます。構造上は。

しかし、その男には最大の欠点があります。

それは、

どちらの女性のことも、本質的には何もわかってない。

と、いうことです。

にもかかわらず、

その男を伝達係にしたり、助言を求めたり、仲介を頼んだりと、なにかと頼りにするから、間違いが起こってしまうのです。

それが、嫁姑問題です。

 

 

他人だった男女が、ある日突然、紙切れ一枚で家族になった。

お互いに好意を持っている男女がくっついて、ひとつの家族ができる。その男女にはもともと家族がいる。

その男女が恋をして、一緒になって家族になったのだから、男女のそれぞれの家族同士も仲良くやれるはずだ。

そう、思い込んでもいる。

 

だから、嫁姑問題が起こる。

 

でも、考えてみてください。

恋をした男女は、もともとは他人同士です。

その他人同士がつながってできた家族の中で、最も遠い他人の関係にあるのが、

夫と舅(この場合、奥さんの父親との関係という意味)、嫁と姑なんです。

しかも、息子と娘の意志で、勝手に家族にさせられたんです。舅姑さんの立場になると、そういうことです。

最初から、面倒臭いところから、関係が始まっている。

とはいえ、

夫と舅は、いわば、会社の上司と新卒の部下のような関係と同じです。夫は社会で、舅と同じような年代の多くの男性とビジネスでつながり、何度もお酒の付き合いもしているでしょう。舅にとっても同様です。夫となる男性と同年代の若者のことはよくわかっています。

だから、夫も舅もイメージしやすい。お互いの関係に入っていきやすい。最初は会社でやっているようなところから入っていけばいい。腹を割って話す必要も無い。仮にそういう場面がやってきたら、お酒の力を借りればいい。お互いの相性なんて二の次なんです。とにかく、表面上、良い関係を持続させられれば、男はそれでいいんです。

悪いイメージのほうにフォーカスしないでいることができる関係です。

 

それに対し、嫁と姑は、嫁と姑の関係以外にはありえない。他にイメージできないのです。

その時点でリスクしかない。

嫁と姑の関係になった時点で、姑が社会でバリバリ現役だという方は、まだまだ少ない。だから、嫁世代の女性との付き合いもほとんどない。一方、嫁の方も姑世代の女性で知っている人といえば、自分の母親くらい。これは、まったく参考にならない。兄がおられる方は、母親の兄嫁に対する態度を見れば、少しは参考になるかもしれませんが、それもほとんど意味ないでしょう。

 

イメージできる方法といえば、ネットやドラマ、友達の嫁姑関係など、他人の情報くらいです。

その中の情報にポジティブ情報がどれだけ含まれているか?

あっても非常に少ないでしょう。

ほとんどがネガティブ情報です。

そんな情報だったら、ない方がマシですよね?

しょせん、他人の話なんだから。しょせん、情報は情報ですから、その中で、使える情報だけを取捨選択して使えばいい。

そう頭ではわかっていても、現実は、悪いイメージばかりを考えてしまいます。

お互いに。

「姑さんが、口うるさいタイプの人だったら嫌だな…。でも、逆に気を使われるのも苦手だな。あ〜、どっちなんだろう…」

「嫁には、はっきり言ってあげたほうがいいのかしら? それとも、黙っていたほうが? 息子に言ってもらったほうがいい?」

お互いが、悪いイメージのほうに意識をフォーカスしている関係です。

 

f0eb315d7872e29f3b66cfab5b6cca5a_sくすぶり続けた火は…

 

 

だから、そういう状況が来たら、

「きたー! お義母さんはやっぱりそういう人だったんだ〜。ショック〜!!」

と、なって、そのイメージに固執してしまう。

「あ〜、こんなんだったら、お互い仲良くやるのは難しいかも…」

姑は姑で、

「わたし、この人苦手だわ…。ちょっと無神経なのね。だからといって、わたしが気を使わなくてはいけないの? それも癪に触るわね…」

どんどん悪いイメージが強くなってしまう。

それもこれも、それまでまったく知らなかった他人同士が、いきなり義理の親子になっちゃった。

なんとか無難にやっていかなきゃ”。

そう思い込むから、粗探しをしてしまうのです。

そこに、囚われてしまうからだと思うのです。

62465cf0019822b4eb33d71d3052afea_sくすぶり続けた火は決して消えない

 

仲良くしなければいい

 

だから、仲良くする必要なんてないんです。

喧嘩をしろと言っているのではありませんよ。

無理やり、”仲の良い親子関係”を作ろうとする必要はないということです。

「仲良くしなければならない」と、思わなくてもいいってことです。

 

以前、わたしはママ友は友達じゃない!!で、書きましたが、

ママ友はママ友であって、ただの知り合いであって、友達ではありません。

それと同じでいいんです。

嫁姑は、嫁と姑の関係にあるというだけであり、義理の親子の関係にあるというだけであって、親子ではありません。

ただの知り合いです。

その程度の意識でいいんじゃないでしょうか?

もちろん、ただの知り合いといっても、かつてわたしが大病をしたときのように夫婦の一大事が起きてしまったら、舅姑が干渉してきます。

でも、それは、夫とは親子関係なんだから当たり前のことです。だから、それは当たり前のこととして捉えればいい。

子供が生まれたら、ものすご〜く接触が増えます。

でも、それは、子供と舅姑は、孫と祖父母の関係なのだから当たり前。そして、祖父母が、孫をペットやおもちゃのように扱うのも当たり前。そこに、目くじらを立てても、なんの解決にもならないのです。

母と子供の関係。祖父母と孫の関係は、まったく別物。

 

事実、そうなのだから、そう理解していればいいんです。

夫は、舅姑にとって息子です。かわいいかわいい息子なのです。

あなたにとっては、夫です。

これも同じです。

母と息子の関係。妻と夫の関係は、まったく別物。

 

事実、そうなのだから、そう理解しましょう。まず第一歩として。

 

だから、

祖父母と孫の関係に母親が口を出すのはトラブルの始まり。

母と子の関係に姑が口を出すのはトラブルの始まり。

母と息子の関係に嫁が口を出すのはトラブルの始まり。

夫婦の関係に姑が口を出すのが、トラブルの始まり。

 

だから、口を出さなければなんの問題も起きないのです。

 

でも、口を出さずにはいられない。

なぜか?

嫁姑にとって、息子であり夫である男性が大切だからです。

嫁姑にとって、孫であり、息子が大切だからです。

嫁姑には違う価値観があり、自分の価値観のほうが正しいと思っている。だから、お互いの違う価値観を共有できない。

だから、口を出したくなる。

でも、相手は、決して譲りません。

当然です。

自分がずっと信じてきた価値観ですから。それを否定されることは、すなわち自分の存在を否定されること。その先は、

「大切な人を取られてしまう」

と、なります。

だから、許せない。

じゃあ、

譲れない。共有できない。許せない。のであれば、

トラブルになるのがわかっていても、

正直に、自分の気持ちをぶつけるしかない。

 

正直に、自分の思いを相手にぶつける。

 

それしか、自分の気持ちをクリアにする方法はないと思います。

 

わたしは、それで、いいと思います。

 

それでも仲良くできないのなら、仲良くできないということが、はっきりします。

 

少なくとも自分の中のわだかまりは、取れると思います。

 

f34b9a6bdd694743475c3276e42c1d2c_s火事を起こす前に

 

夫の無責任は、本当に無責任なのか?

 

もう一度、言いますが、

嫁姑の中心にいるのが、夫です。

現実は、

その夫が、今まで述べてきたような構造を一番わかってない。

三角形の中心にいつつ、一番蚊帳の外にいるのが、夫なのです。

その現実を、嫁と姑は、わかってない。

嫁は夫に、「お母さんに言ってくれる?」

と、お願いする。

姑は息子に、「お嫁さんをちゃんとコントロールしてるの?」

と、尻を叩く。

一番、頼ってはいけない息子に。夫に。

嫁は夫に、「お義母さんになんて言えばいいと思う?」

と、相談する。

姑は息子に、「お嫁さんにどう説明したらいいだろうかね〜。お前はどう思う?」

と、一番相談してはいけない相手に相談する。

 

夫であり、息子である彼は、

「母のことはよくわかっている」「妻のことはなんでも知っている」

という気になっているだけで、実は、何もわかっちゃぁいない。

ましてや、その母と妻がぶつかったら、どのような化学反応が起きるかなんてことは、想像すらできない。

いや、

しないのです。想像なんて。

 

なぜなら、

わからないから、面倒臭い。面倒臭いことは、考えない、考えない。

 

だから、彼らが一番多く口にする言葉は?

 

 

「まあまあ」

 

「そう感情的にならないで」

 

「自分たちでなんとかしてよ」

 

「落ち着いて話し合えないの?」

 

「もう、ほっとけばいいんじゃないの?」

 

「もっと気楽に考えたら?」

 

「いっそのこと、暴れちゃえば?」

 

どうです? 責任感のかけらもないと思いませんか?

 

嫁と姑にとっては、人生にかかわる一大事。精神的に追い込まれる場合もあるほどの大問題なのに、男ときたら、本当に、もうっ?‼

 

でもね、わたし、思うんです。

 

こういう責任感のない言葉を吐いてくれる夫や息子のほうが、実は正解なのではなかろうか?って。

 

6272d7ba8331f992036ffff42aeef773_s案外、消化機能が高いのかも?

 

夫のアドバイスは正しいのか?

 

わたしはかつて、

奥さんから、母との接し方をどうすればいいのかを問われ、その度に、

「とにかく感情的にはならないで、我慢をしてほしい

「家に泊まってもほんの2、3日の間なんだから嵐が過ぎ去るのを静かに待ってほしい

「子供のために実家に一緒に帰ってほしい

「母はいまさら変わらないんだから、奥さんが自分を抑えなきゃ。子供のためなんだからね」

「子供は、おばあちゃんとママは、仲が良いものだと思い込んでいる。その子供の思いを壊すのはかわいそう。だから、我慢して

 

我慢しろ。待て。抑えろ。

わたしは、奥さんに耐えることばかりを強いていました。それは、嫁が姑のために我慢するのが相場だ。

そう思い込んでいたからです。

 

奥さんの意見を母に伝えるように言われると、

「わかった。わかった。言っておくよ」

そう言っておきながら言わずに、奥さんには、

「一応、それとなく言っておいたよ。たぶん、わかってくれたと思うよ

そういう曖昧な言い回しでお茶を濁していました。

 

母から、奥さんとの接し方をどうすればをいいのかを問われれば、

「おれから奥さんに言っておくから。まあ、彼女は感情を抑えることができないからね」

「まあ、感情に任せたことは、奥さんも反省していると思うよ

どちらにも、そういう言い回しをしてごまかす。

 

奥さんには奥さんが正しいと言い、母には母は間違いってないと言う。

二枚舌、フルに使い分け。

わたしとしては、お互いの感情が直接的にぶつからないように、わたしなりに頭をひねって悩んで、考えて出した答えでしたが、それは、すべて、

その場しのぎです。

つまり、「わたしも嫁姑問題に悩んだ」と、言っても、その程度なのです。

温度差があまりにあり過ぎるのです。

 

結果、わたしが二人の間に立って動けば、よけいにこじれるだけ。

 

二人の熱を、わたしという質の低いフィルターを通したことによって、温度差が微妙に変化して、結果、真実を捻じ曲げてしまっていたのです。

 

もちろん、そんな結果は、誰も望んではいません。

 

結果を望んではいませんが、こじれたからと言って、結局は、

「嫁と姑、二人の問題だから」

と、当事者意識がない。

それこそ、自分が戦犯などとは思いもしていない。

 

こんな男を間に立てていたのでは、絶対に、解決なんてできません!

 

 

無責任のほうが、良い結果につながる。

 

嫁姑問題の中心にいる男は、こう思っています。

二人に仲良くしてもらいたい。

トラブルが起きてしまったら、

トラブルには巻き込まれたくない。

だからといって、

頼りにならないと思われたくない。

だから、

両方にいい顔をする。あくまで、第3者として。

でも、

トラブルには巻き込まれたくない。

だって、所詮は、

女同士のトラブルだから。

仮に、二人が修復不可能になっても、

二人から愛されたい。

だって、

二人の喧嘩に自分は関係ないから。

 

そんな男のために争うのって、なんだか、馬鹿らしくなってきませんか?

 

実は、嫁姑の争いの素って、冷静に考えると、実に、たわいもないことが原因だったりしませんか?

そう考えると、

案外、責任感のない男の言っていることのほうが、

的を得ている感じがしてきませんか?

 

そもそも、トライアングルの中心にいる男がトラブルの素であることは、間違いありません。

その男は、女性たちが長い歴史、苦しみ続けていたこの嫁姑問題を、ちっとも我が事のように考えません。

母親が、奥さんが、こんなに苦しんでいるのに、それなのに、全然、真剣に考えてくれないのです。

これは、どうしてでしょうか?

これが、子供のいじめだったら?

無責任な父親でも、全く無関心ということはありません。

でも、嫁姑問題となると、「君を愛している」「お母さんを一生大事にするね」と、言っていても、知らんぷり。

 

はて、これは、いったいなぜなのでしょう?

 

その答えが、さきほどの無責任な夫の言葉に隠されている気がします。

「まあまあ」

「そんな、思いつめて考えるようなことじゃないよ」

嫁姑問題は、

その程度のこと。

あって当然のこと。

時間が解決してくれること。

だから、

「まあまあ」

そのように考えていくしか、解決法はないのではないでしょうか。

 

「それだと、仲良くできないんです! 仲良くできる方法を知りたいんです!」

「まあまあ。どうして仲良くしたいんですか?」

「だって、同じ屋根の下に住んでいるから」

「でも、同じ屋根の下に住んでも、仲の悪い親子もいれば、兄弟もいる。それこそ、仲の悪い夫婦だっているじゃありませんか。みんな限られた環境で折り合いをつけて生きているんです。耐えられなかったら別れる。一緒には住まない。それだけのこと。無理無理」

「そうか〜。無理か〜。じゃあ、適当にやろ〜」

その程度で、いいじゃないですか。嫁姑の関係って。

だって、仲が悪いのが当たり前だから、小説にも映画にもドラマにもなるわけでしょう。

そこに抗って、自分の意見を押し通して、それでいて仲良くしようなんて、虫が良すぎるってもんです。

だから、我慢できることは我慢です。我慢できななら、関係を絶つ。

「夫のため」「子供のため」なんて口実も必要ですけど、そんなことはひとまず置いといて、まずは、自分に正直になることが、この問題を考える上での第一歩だと思います。

 

許せない姑や嫁を許す方法

 

嫁や姑に我慢という方法であきらめるのではなくて、

「許す」と、いうことができたなら、こんな素晴らしいことはないと思います。

理想は、

相手を許すこと。

ですよね。

最後に、そのように思えるためにはどうすればよいのか?その方法について、書きたいと思います。

まず一つ目は、わたしの友人の言葉です。

「高齢者にとって、1日、1時間は若い人に比べるとものすごく貴重」

そう思って、今日1日を「楽しかった」って、思ってもらうために、

「その日に喧嘩をしないこと。それだけが仲良くする秘訣。今日喧嘩しない。今日、相手に不愉快な想いをさせない。それだけ」

 

嫁には、まだまだ残された時間はたくさんあります。

でも、姑には限られた時間しかない。息子と話をする時間も、孫と遊ぶ時間も。だから、その時間を譲ってあげる。

その時間に起こった気に入らない出来事も許してあげる。

 

そのように、考えてみてはいかがですか。

 

463370c2ae9424423af42659b772cad0_s良い面をもっと見てください。

 

そして、二つ目。

嫁や姑の気に入らない部分や許せない部分は、その人の持っている資質のほんの一部に過ぎません。

たとえば、わたしの母は、みなさんが読まれてご存知のように、ああいう人です。

でも、それが、すべてではない。

今回は嫁姑問題がテーマですから、エキセントリックな部分をデフォルメして書きましたが、あれは、母の持つ資質のほんの一部です。

奥さんにとって、母のああいった部分は非常に厄介だったかもしれないけれど、母の友人や父にとっては、そして、もちろんわたしにとっても、ありがたい部分もたくさんあります。母があんな性格で良かったなと思える部分です。

わたしは両親のことを尊敬しているし、愛しています。

奥さんにとって、母のああいった部分は厄介でも、他の部分で奥さんも認めている部分はたくさんあります。

もっと簡単に言えば、人間には、必ず素晴らしい部分もあるということです。

そこを認めてあげるということです。

もちろん、姑も嫁に対しては同じです。

”お互いさま”

 

なんです。

 

実は、相手の気に入らない部分というのは、その相手の持つ資質のほんの小さな一部だけだったりします。他にもたくさんいいところがあるのに、気に入らない部分を見つけると、その部分だけをひたすら凝視する習性が人間にはあります。

それは仕方ないことではあります。背中にデキモノができたら、そこばかりが気になるのと同じですから。異物は取り除きたくなる。

でも、どうせ取り除くことはできないのです。

だったら、上手に付き合っていくことを考えたほうが、身体にはよくありませんか?

これも、ある本に書かれていた言葉です。

「ストレスは身体にいいんです!」

だそうです。

わたし、この言葉にかなり衝撃を受けました。

でも、その通りだと、いま、思っております。

その理由を、また、後日、書きますね。

 

難しいことです。

簡単ではありません。

でも、いがみ合うよりは、はるかに素敵なことだと思います。

 

いま、わたしに言えるのは、これくらいです。

 

長いシリーズでした。読んで不快に思われた方もおられたでしょう。

でも、あったことをそのまま書かないと、心には響かないと思いました。

だから、これがわたしの経験した嫁姑問題です。

どこにでもある、ありふれたエピソードです。

あって当たり前、それが、嫁姑問題です。

ありがとうございました。

(執筆者:心の冷えとりコーチ 風宏)

e617086398a93e9b2a3aedbb31554bbd_s火は、使いようによっては美しい