嫁姑問題

責任取らない日本の男 〜日本映画に観る〜(嫁姑問題番外編)

<<注意>>

※これは、映画の評論ではありません。

あくまで、日本の男のルーツを探る上での、材料としての映画の話です。

 

 

 

日本の男を知りたければ、”昔”の日本映画を観なさい!

 

「どうして、自分の夫は、家族の問題や、嫁姑問題になると、ああも簡単に逃げるんだろう?」

「どうして、全然、約束を守ってくれないんだろう?」

「なぜ、浮気するんだろう?」

「うちのダンナ、なんであんなに情けないんだろう?」

「なんで、責任を取ってくれないの!?」

 

そういう疑問をいくら抱いても、腑に落ちる回答を得られない女性の皆さん。

 

昔の日本映画を観てください!

 

簡単に腑に落ちます。

 

なぜか?

 

戦後の日本男児の辿ってきたパターンが手に取るようにわかります。

 

時代が女性を強くしたから?

女性が強くなったから、相対的に男性が弱く見えるだけ?

 

それは、責任を取らない男の言い訳です。

 

日本映画を観ればわかります。

日本の男って、昔から情けないんです。

 

「昔の男はいまの男に比べて強かった。かっこよかった」

違います。

強い男性は、昔も今もたくさんいます。責任感のある男性、頼りになる男性、命をかけて女性や子供、家族を守る男性はたくさんいる。ちなみにわたしもそう!

どの面(つら)下げて言います。

はい!わたしは頼りになる男!

でも、それ以上に、その真逆の男性のほうがはるかに多い。

責任感がなく、頼りなく、女性や子供、家族が危険にさらされても、尻尾を巻いて逃げる男。

そう!わたしのような文章だけの口だけ男!

昔もいまも、日本の男はそんな男ばかり。

それは、歴然たる事実として、歴史が証明しています。

 

そもそも、

「男は情けない。弱い」

生き物なんです。そう言って、責任逃れしようとしているのではありませんよ。事実として、そう申し上げておるのです。

だから、わざわざ、「男道」や「武士道」「硬派」なんて言葉がもてはやされるのです。

そんな男は、いつの時代も希少動物だから。

そういう言葉を使って、わざわざ意識しないと、すぐに「軟派」に流される。てか、そもそもが、軟派なんです。弱いんです。情けないんです。

どうして、そう言い切れるのか?

 

その答えが、昔の多くの、ほんとに多くの日本映画に現れているからです。

 

わたしは、ず〜っとず〜っと子供の頃から納得のできないことがありました。

いまでもそうですが、それは、

 

日本人は、日本人なのに、どうして、日本映画を観ないんだ?

 

「趣味は映画鑑賞です!」

「映画って最高!」

「恋の勉強にもなるし!」

「映画を観ていると人生観とか、恋愛観とか、それこそ死生観とか、本当に勉強になりますよね?」

なるかーっ!! 日本人が外人の恋話観て、参考になるわけがない。大陸に生きた狩猟民族の肉食系恋話がわれわれ農耕民族の恋になんの参考になるってんだい?!

まあいいです。

 

とにかく、知ったかぶって映画通と自称する”にわか映画ファン”の諸氏に、

「じゃあ、20世紀の日本映画の中で最もあなたに影響を与えた映画は何ですか?」

そうたずねると、

「えっ? 日本映画ですか? 日本映画はみないな〜。でも、最近のは観ますけどね。最近は、むしろハリウッド映画なんかよりおもしろいし」

確かにね。確かに最近の日本映画はおもしろい。

でも、正直、嘘くさいんです。

ドラマにしても映画にしても、かっこよすぎる。設定にしてもアクションにしても、まったく現実的にありえない!そもそも、普通の会社に、あんなにたくさん美男次女がいるはずがない。

ちょっと昔のトレンディドラマを思い出してみてください。『男女七人夏物語』なんて、さんまに鶴太郎に奥田瑛二ですよ。出っ歯にテカリにデカッ鼻ですよ。女性は、池上季実子、大竹しのぶ、賀来千香子、女性レポーターだった人ですよ。いたいた。同僚にそんな人たち。まだ、現実味がありました。それでも、

「普通のサラリーマンを演じる、さんま扮する主人公のマンションのレベルが高すぎてありえない」

なんて、言われていたくらい。

それに比べて今のドラマ、映画、なんですか?

オトコも女もかっこよすぎでしょう?

だから、なおさら、

「あ〜あ。わたしの周りの男はダメなオトコばっか・・・・」

て、なってしまう。

だから、たまには、昔の日本映画を観て、現実を知りましょう。

わたしたち日本の男のルーツを知って、そこから自分の旦那さんの人間を紐解いていきましょう。

そういう話です。

d5843be17ae49c25e522c3c10c71a66f_sいつからこういうのがカッコイイ代名詞になったんだ?

 

日本映画はずっとおもしろいですよ。

でも、戦前は大目に見るとして、戦後から、いままでの日本映画をきちんと観てこられた方が、どれだけおられるでしょう?

 

「いや〜、日本映画はね〜。観ないな〜」

そう仰られる皆さま、本当にもったいない!

人生を損していますよ!

 

「昔の男は…」から始まる説教は全部ウソ

 

日本には、本当に多くのたくさんの素晴らしい映画がたくさんあります。

あなたの人生を丸ごと変えてくれるくらいの衝撃を与える映画が、いくつもいくつも蔵の中に眠っているのです。

恋愛観だけでなく、人生観、夫婦のこと、両親のこと、家族のこと。それこそ、死生観に至るまで。哲学がびっしり詰まっている。同じ日本人が創っただけあって、ずんずんと、ものすごいスピードで心に入ってきます。

もちろん、外国映画も素晴らしいです。哲学がびっし詰まっているし、わたしの人生を大きく変えてくれた映画もたくさんあります。でも、あれは、外国の世界の話です。言い換えれば、夢の世界や理想の世界。カッコイイ世界です。

オードリー・ヘプバーンの『ローマの休日』を観ているときは、わたしがジョー・ブラッドレーになっている。

でも現実は、そんなにカッコイイものじゃない。つまづくこともあれば、みっともないこともある。てか、ハリウッドに比べれば、みっともないことばかりです。

ハリウッド映画の主人公はほぼ100パーセントの確率でかっこいい。情けなくてもかっこいい。

でも、日本映画の主人公は、本当にカッコ悪いんです。

いま、あなた方の周りにいる男。

どうです?

かっこいいですか?

ちゃんと、嫁姑問題から逃げずに、あなたと姑ときちんと面と向き合って話をしてくれますか?

しっかり、二人の間を取り持ってくれますか? 正しい大岡裁きをしてくれますか?

してくれませんよね。逃げてばっかり。

じゃあ、あなたのお父さんは、お母さんとおばあちゃんの間に入ってきちんと仕分けできてましたか?

できてなかったはずです。

あなたのおじいちゃんも、ひいおじいちゃんも、ずーっと一緒。同じなんです。

「昔の男はそんなんじゃなかった。もっと、潔かったし、かっこよかった。いまみたいにナヨナヨした男はいなかったよ」

いいえ、昔の男も、そんなんでした! むしろ、昔の方がそんなんでした。

みなさん、騙されているんです。女性の方も、それこそ、いまの若い男性も騙されているんです。

「”ゆとり世代”は男だけでなく、女もみんな情けない奴ばかりだ!」

いいえ、わたしが二十歳のころ、今から30年前も情けない奴ばかりでしたよ。親世代から同じこと、言われてました。むしろ、いまの若者の方が、良い時代を知らないだけ、現実的でより堅実という気はしますが、イコール、「情けない」というのとは話がまったく違いますよね。あのような”特殊”な教育を強制的に受けさせられたから、”ゆとり世代”と一括りにされているだけで。

だから、みなさん、ある程度の年齢を重ねた大人のこの手の話に惑わされていけません。

「昔の男の方がしっかりしていた」

「昔の男の方が潔かった」

「昔の男の方が……」

このフレーズから始まる言葉は、全部ウソなんですから。

「ゆとり世代だけが劣っている」

全部ウソなんですから。

常に新しい世代が、これから社会に出て行こうとする世代が叩かれる。これ、当たり前ですから。若い世代が台頭してくるのを、仕事を奪われることを恐れる大人が一方的に先制攻撃をして叩いて挫こうとしているだけですから。

「だいたい、ゆとり世代のあなたたちわね〜…」

そう言うのであれば、

「ゆとり世代のあなたたちは、こういう教育が足りなかったようだから、わたしはこういうことを補ってあげます!こういうことを、これからあなた方に教育していきます」

そう、言ってあげるのが、本当の男(大人)ってもんです。

でも、そういう男は本当に少ないんです。

なぜなら、それが日本の男だから。

昔もいまも、ちっとも変わらない。

だから、まだ、若いあなた。

もし、このブログを読んでいたら、どうか、昔の日本の映画をたくさん観て、あなたたちのお父さんおじいちゃん世代の情けない真実を知って、これを、反面教師にしてください。

独身女性の方。今のドラマや映画を男探しの参考にしていたら、一生、結婚できませんよ。

現実を知ってください。

ご結婚されて、嫁姑関係にお悩みの方、これが日本男児の真実です。

 

黒澤映画に出てくる男はかっこいいですが…

 

黒澤明監督映画の時代劇に出てくる男たちは実にかっこいい。

『七人の侍』『用心棒』『椿三十郎』『隠し砦の三悪人』

この時代劇に出てくる男たちは、皆、命を賭して、弱き者たちのために戦います。そして、主人公は全員武士です。と、いっても、どっか、タガが外れたような人たちばかり。つまり、武士の中でも、ちょっとイカれたキャラなんです。現実にはこんな人間いないよな。的な。ちなみにこれ、全部、黒澤監督のオリジナル脚本です。特に、『七人の侍』は、ハリウッドを見据えて、ジョンフォード監督作品を参考にしたと言われています。この映画の成功で、のちのオリジナル脚本作品は、同じような流れを辿っていきます。

つまり、日本人の監督が時代劇を舞台に描いたハリウッド映画の西部劇みたいなもの。

だから、かっこいい。だから、普通の武士とはちょっと違う。武士というよりはガンマンに見える。肉食系男子ですね。

その一方、

『蜘蛛の巣状」(原作マクベス)、「どん底」(原作ゴーリキーの「どん底」)、『羅生門』(原作芥川龍之介の「藪の中」)

こちらも世界的に評価の高い黒澤監督の時代劇作品ですが、

この時代劇に出てくる登場人物は、実に人間味があって、人間として正直(うそばっかり、つくしね〜)で、現代にもこういう人たち本当にたくさんいるって、思わせてくれるキャラばかり。そして、実にカッコ悪い。これ全部、原作は文学作品です。

では、現代劇に目を移してみるとどうでしょう?

『酔いどれ天使』『野良犬」『生きる』『静かなる決闘』『醜聞』『天国と地獄』『どですかでん』などなど。映画としてはどれもこれも、エンターテイメントをしっかり意識して作られているから、カッコイイ。でも、登場人物。みんなカッコよくないんですよ。『酔いどれ』のやくざなんてひどいもんです。野垂れ死です。『野良犬』なんて拳銃を盗まれてしまった主人公の刑事のことだし、『生きる』なんて、見た目も性格も暗くて、家族からも、同僚からも嫌われている役所のおじさんが主役。自分の病気を知って、この先短い人生を地域の子供のために公園を作ると決心して、命をかけて最後まで戦うのに、誰も認めてくれない。あげく、死んじまう。公園ができても誰からも評価されない。凄まじいですよ、暗くて。『静かなる決闘』もタイトルはかっこいいけれど、梅毒に感染した医者が理想と現実の狭間で苦しむ話。『どですかでん』に至っては…、百聞は一見にしかずです。

現代劇は、やはり時代劇のようには行きません。時代の風俗を描いていますから、リアリティがないといけない。そうなると、カッコイイ男は、そうそういない。

でも、まだ、世界を意識して作られた映画ばかりなので、それなりにわかりやすいし、しっかりエンターテインメントだし、やっぱり、なんだかんだ言っても、まだまだカッコイイんです。

だから、観たいという人が多い。テレビでもメディアも取り上げやすい。視聴率取れますから。

目立つ。

溝口健二作品の男はみんな弱虫。小津安二郎作品の男は、そのへんのオッさんばかり。

 

黒澤と三巨頭を形成する、世界に誇る巨匠のお二人。

芸術性をとことん追求した溝口作品の女性たちのなんとも強く美しく、気高くたくましいことか。それに比べて男たちの弱いこと。色に溺れ、欲にまみれ、慌てふためき逃げ惑う。彼らを支えているのは、「女より男のほうが上」という、プライドだけ。そんなプライドを保っていられるのは、女性たちのおかげです。

小津作品は、それこそ一般家庭のその時代の、その日の日常を切り取った作品ばかりです。出てくるのは、普通のサラリーマンに普通の主婦に普通のOL。そして、その時代の若者たち。

テーブルやコタツを囲んでの家族の団欒や、カウンターで並んでお酒を酌み交わす会社帰りのお父さん、喫茶店でのOLのお茶会など、普通のさりげない会話でストーリーのないストーリーが進んで行きます。

そして、気づきます。女性たちの会話は常に生き生きと弾み、男たちは常に疲れている。男たちは何も決めず、何も決断しない。

「おまえのほうでやっといてくれ」

と、言って、結局、女性が物事を決めていく。

正直、今の価値観で観てしまうと、男がカッコイイと思えるようなシーンは皆無。

それでもカッコイイというならば、その時代の男のかっこよさって、単なる見た目?ってことになる。

長谷川一夫とか、佐田啓二とか、上原謙とか、佐野周二とか、森雅之とか。

 

成瀬巳喜男作品での男たち。これが、日本の男だ!

 

戦中、戦後の日本を代表する銀幕の大スターである上原謙(加山雄三の父)や、佐野周二(関口宏の父)。そして、森雅之(作家有島武郎の息子)。

彼らは、二枚目スターとしても実力、人気共に絶大でした。

そんな彼らは、黒澤映画の常連ではありません。彼らが一番、登場していたのが、成瀬巳喜男監督作品です。

成瀬巳喜男監督といえば、いわゆる戦前、戦中、戦後の”メロドラマの巨匠”と、評された人物です。その中でも、稀代の代表作といわれる1955年制作の『浮雲」は、1999年発表の『映画人が選ぶ日本映画ベスト100』(キネマ旬報社)で、第2位に選ばれたほどの作品です。ちなみにベスト10の11作品。これらの作品のうち、男がカッコイイと思える作品は1位の七人の侍と、8位の仁義なき戦いくらい。どちらもアウトローな方々の話。普通の男の話じゃない。

1 七人の侍  黒澤明 2 浮雲  成瀬巳喜男 3 飢餓海峡  内田吐夢 3 東京物語  小津安二郎 5 幕末太陽伝  川島雄三 5 羅生門  黒澤明 7 赤い殺意  今村昌平 8 仁義なき戦い  深作欣二 8 二十四の瞳  木下恵介 10 雨月物語  溝口健二

これらの映画に共通している男の特徴は?

女にだらし無い。貞操観念なし。『浮雲』『飢餓海峡』『羅生門』「赤い殺意』『雨月物語』

嘘つき。『飢餓海峡』『羅生門』『雨月物語』

無責任。『浮雲』『東京物語』「赤い殺意』『雨月物語』

軽い。『浮雲』『幕末太陽伝』

この『浮雲』や『羅生門』『雨月物語』の主人公が森雅之です。女にだらし無い男を演じたら天下一品。品性のかけらもない。

『浮雲』の主人公なんて…、病身の妻を抱えている身なのに、若い将来のある女性をたぶらかし、ポイっと捨てて、自分が落ちぶれると、捨てた女に救いを求め、再出発の旅先で浮気をして、またポイ捨て。浮気相手の女を死に追いやり、ポイ捨てした女と何食わぬ顔でヨリを戻し、最終的には、その女さえ死に追いやってしまう。男は決して女を助けない。もう、やりたい放題。それでいて、死んだ女に抱きついて泣きわめく。自分は悲劇のヒーロー気取り。おまえが感傷に浸ってどうする!

上原謙も負けていません。

成瀬映画の常連の彼は『飯』『夫婦』『妻』という、”夫婦三部作”といわれる作品で全て主人公の夫役を演じますが、その全ての役で、仕事への愚痴を述べ、妻に何を言われても言い返せず、浮気をして、別れてほしいと懇願する女にも優柔不断な態度を続け、結局は、奥さんの度量の大きさで全てを許してもらい、最終的には相も変わらない愚痴だらけの生活に戻っていくという、どうしようもない、覇気のない男を演じています。

佐野周二も『驟雨』では、家でいばり散らし、会社ではうだつが上がらず小心者。将来の不安を常に感じ、口を開けば愚痴ばかり。しまいには、「田舎に帰って農家を継ぎたい」と妻に漏らす。しかし、原節子演じる妻は、

「田舎は長男が継いでいるのに、次男のあなたに帰る場所があるわけない。こんなに仕事がある東京でやっていけない人が田舎に逃げ帰ってもやっていけるもんですか!」(たしか、こんなセリフだったと思います)

そう尻を叩かれ、

「そうだな〜」

と、なんとなく納得して、雨上がりに庭で二人でバドミントンをして終わり。しかも、そのバドミントンも妻よりへったくそ。あ〜あ、どうせこの後も、ずっと妻にいばり散らし続け、外では小心に働き続けるのだろうな〜ということが見えてくる。

こんな男のどこがかっこいいんだ?

あの時代、当代きっての二枚目スターと言われた俳優の演じていた役って、こんなのばっかりです!

俳優の船越英二。船越英一郎さんのお父さんですが、彼も、二枚目俳優として絶大な人気でした。特に、

市川崑監督の「黒い十人の女」の彼は絶品。美人妻がありながら、9人の女性と同時に浮気する男の話。最後は女たちに復讐され、監禁され、ペットのように飼われるというお話。

もう、下衆の極みです。でも、カッコイイ。

どこに、

「かっこいい〜!」

て、女性が黄色い声を張り上げる要素があったのか?

顔は確かに二枚目ですが、最大の要素は、

”母性をくすぐられる色気”

 

なんだ、それって、ただのヒモの発想じゃないか!!

 

そうなんですよ。

日本の男のかっこよさは、そこにあったのです。

ルーツは、”ヒモ”です。

 

日本の女性は、そういう男に母性を感じ、かっこいいと思っていた。

我々日本人の男女感のルーツはそこにありました。

菜食を主食としていた農耕民族だからこその、ルーツだったのかもしれません。

 

昔の日本映画の女性は、皆、美しい。そして、強い。それは、今も変わらない

 

つまり、日本の男社会は、あくまで、女性の支え=内助の功があって初めて成り立っていたのです。

昔の女性は、男を家庭で支えていました。男がどんなに家で威張ろうが、浮気しようが、無茶苦茶な要求をしてこようが、耐えて黙って、時には上手に転がして、夫を立てて、常に下の立場に甘んじていました。

それは、家庭の経済力を支えていたのが、夫だけだったからです。夫は社会で戦っている。必死に働いている。夫のおかげで生活できている。

だから、耐えられたのです。耐えられなくても耐えるしかなかったのです。逆にいうと、日本の女性には耐えるだけの強さがあった。

 

これが、今の時代になって、女性が普通に外に出て働く。女性も肉をばかばか食べる。酒も飲む。どんどん社会に出て、男性の生活習慣と変わらなくなってきた。

男性はというと、せいぜい食わなかった肉を食うようになったくらいです。だから、思考はたいして5、60年前と変わっていません。

女性が、ものすごいスピードで変わったことによって、女性の要求する男性像が、

もっともっと強い男性に変わっていった。だから、テレビやドラマの主人公が、ハリウッド的な男に変貌していった。筋肉ムキムキのね。

より強い子孫を残すために、もっともっと強い男を求めた結果です。

でも、現実に目を向けてみると、

そんな男、どこにもいないんです。

あ、やっぱり、女性が強くなったから、相対的に男性が弱く見えるんですね。

責任感のない男の言い訳でも、案外なかったわけだ。

 

日本の男は、日本の女が育てている。

 

これが、日本の男です。

強い男なんていやしない。

「じゃあ、諦めろって言うんですか?責任を取らないのは日本の男の血だから、多めに見ろと?」

いいえ、

だから、

ケツを叩くのです。

 

馬のように、ケツを棒で叩いて蹴りを入れろと言っているのではありませんよ。

言葉をそのまま取らないでくださいね。

「励ましてあげてくださいね」と、いう意味です。

日本の男は、女性が、ケツを叩いて落としておいて、おだてて、持ち上げて、上手に転がすと、思いのほか、コロコロあなたの思うがままに、転がっていくはずです。

あなたが、育てるのです。

 

ダメな夫を。ダメな彼氏を。

あなたが、ケツを叩かないと、男は成長しません。

あなたが、ケツを叩けば、あとはあなたの思い通りの男になってくれるはずです。

結局、何を言っているかよくわからない。

と、仰られる方、昔の日本映画を観てください。

そして、男のだらしなさ、情けなさを知り、女の美しさ、強さ、潔さ、逞しさをどうぞ、学んでください。

 

(執筆者:心の冷えとりコーチ 風宏)