受験問題

冷えとりっこの中学受験 3・小学5年生のころ(後半)バレエを辞める

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こんにちは。

冷えとりコーディネーターの風茜です。

いつもたくさんのブログの中よりご訪問いただきまして、誠にありがとうございます。

前回までのお話は、強豪が参加しない模試で、かなりの好成績をおさめるようになり、塾からもいいところに行けますよとすっかりその気にさせられ、受験に参加してもいいかもと親の私たちは思うようになりました。

(*前回までのおはなしは、「冷えとりっこの受験 2・小学五年生のころ(前半)受験してもいいかも?」をご覧くださいませ。)

そして、その費用は、算数一教科から国語も加え、グループ授業の理社も加えて、私の給与をすべて塾代につぎこむことになりました。

まんまと塾の策略にひっかかったわけですが、はじめて子供が自分から、国語も理科も社会も勉強したいと言ったこともあり、そうすることに決めたのです。

それでも親はこどもが勉強ができるとうれしいものなのです。

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バレエを辞める

5年生の12月まで子供の属していたバレエ団は、毎年クリスマス公演を開催していました。

自分がやりたいと6歳からバレエを始めましたが、もともと、のんびりやだし、人と競争することが苦手なので、どんどん年下の子に追い抜かされて行きました。

それでも本人はバレエが楽しく、のんびりと踊っていられればそれでよかったのですが、先生は、それが、はがゆくて、だんだん子供に厳しくあたるようになってきました。

先生からしてみれば、うまくなりたいという気持ちがうちの子供には見えなかったのだと思います。

お遊びの習い事ではなく、本気モードのバレエだったのでかなり厳しく、先生に理不尽なことで怒られるようになりました。

高学年になるにつれて、先生もますます厳しくなっていき、親にも八つ当たりするようになってきて、さすがに私もいやになり、「子供に辞めてもいいよ」と言うようになりました。

ところが、子供は続けたいとがんばってきたのです。

ストレスがたまるせいか、アトピーで腕はかきむしり、血がいつも流れていました。

バレエの時には化繊のレオタードやタイツも着ますので、それもよくなかったのだと思います。

せっかく、冷えとりでアトピーが改善しても、バレエでの心のストレスでまたひどい症状に逆戻り。

週4で通っていましたから、小学五年生のころの子供のアトピーは,血まみれで壮絶でした。

(この頃は、シルクパウダーもはたきまくっていました。シルクパウダーでかゆみはやわらぎましたし、傷の完治も早かったです。)

そして、ついにその年のクリスマス発表会が終わり、

「バレエを辞めたい。そして受験をしたい。」と、

子供から言われました。

バレエのように競争がないマイペースの勉強が楽しくなってきて、受験をやる気になったようでした。

バレエを辞める時は、先生が烈火のごとく怒ると先に辞められた保護者の方から聞いていたので、覚悟して、夫に伝えてもらいました。(なぜか、バレエの先生は男性にはヒスを起こさなかったのです。今から考えると、怒りっぽいのは肝臓が悪かったのかなとも思います。タバコも吸われていたようですし、毒が肝臓で分解しきれず、子供に怒鳴り散らしていたのでしょうか???)

その夫も散々ののしられ、ようやくバレエからは解放されました。

受験が終わったら、別のところで再開すると言っていましたが、もう二度とバレエはやりたくないというまで、バレエは嫌いになってしまったのです。

(踊ることは嫌いではないので、運動会では楽しそうに踊りましたし、ヒップホップなどのダンスには興味があるようです。中学生になったら、バレエではないダンスはやりたいと言っています。)

そう考えると、良い先生との出会いはとても大切なことだと思います。

 

五年生後半の子供の勉強

このころの子供の勉強には、私はあまり関与していませんでした。

(子供のスケジュールは、月・バレエ 火・理社グループ授業、 水・バレエ 金・バレエ 土・算国&バレエでした。)

仕事が忙しくて、そのことに気を取られていたことと、子供の勉強は塾に任せておけばいいと考えていたので、放任を決め込んでいました。

それに、当時働いていたところは契約だったのですが、正社員になれるかもということもあり、私はそうなることで必死だったのです。

(このころには、まだ私自身、正社員でなければならないという欲を捨てきれていませんでした。冷えとりでいう強欲です。)

親がチェックをしなかったというのは、受験終了後に数多くの保護者が後悔していることにあげられています。

うちもそのような保護者の1人で放任主義がいけませんでした。

小学生が自発的にできるはずがないのに、甘かったのです。

そんな中で春から始めた理社が全然伸びず、また国語の成績も下降していました。

これは、うちの子供は暗記が大嫌いで覚えていないので、テストの成績が悪いというのが要因だったのです。

暗記がすべてではありませんが、ある程度の知識がないと問題は解けません。

五年生のころは、漢字も書けなければ、理社の知識もまったくない状態だったのに、模試でよい成績があげられたのは算数だけが突出していたからだと言えるのです。

算数が良すぎて、御三家などの合格率のパーセンテージが高かっただけです。

(でも、五年生のころの成績は、受験にはあまり関係がなかったと今にしてみれば思います。模試は受ける必要はなく、月例テストを受けてどの部分が苦手なのかを自覚することが大切だったと思います。)

私は自分自身が算数が苦手で、暗記が得意だったので、覚えればいいことなのになぜそれをやらないのか不思議でたまりませんでした。

子供によくそのことを言うと、やってるよ!と逆ギレされたものです。

(しかしながら、この暗記しないということが六年生の夏以降、受験に大きく影を落とすことになりました。やはり、ある程度の暗記は大切ですし、こつこつやれる子はやはり最後には強いのです。)

トーマスは個人面談をよくしてくれましたが、算数に力をいれるよりも理社や国語も平均してできるようにしてほしいという私の希望に反して、「算数をプロ講師に」「算数の特別講義に」と算数ばかり強化するように言われました。

親として、子供が勉強ができるということはうれしいですし、算数ができるとトップ校を狙えますよと言われると心を揺さぶられます。

見事に親の虚栄心をくすぐられてしまいました。

結局、このころも理社と国語はおろそかなまま、算数に力をいれることにしてしまったのです。

しかし、このころはまた受験すると言っても、理社と国語の成績を考えれば中堅校が妥当としか考えられませんでした。

(バレエと違って、受験は自分との戦いということが、冷えとりっこの子供には、うまくはまったようでした。)

このままでいくと、中堅校にいくのだなと思い始めた頃に、最大のターニングポイントが訪れます。

6年生になったときに同じクラスになったMちゃんとIちゃんとの出会いでした。

つづく

 

冷えとりっこの受験 3・小学5年生のころ(後半)バレエを辞めるのポイント

習い事や塾が子供に合わなければ、辞めて別のところを探すのは全然悪くないと私は考えます。

うちの子供はバレエはとても好きでしたが、先生のヒステリーの理不尽な怒りがいやで、バレエは嫌いになってしまいました。

そういう残念な結果にならないためにも、合わなかったら別のところにという選択もありだと思います。

塾に入れたらおしまいではありません。

自分の力で勉強がコントロールできるのは、ほんのわずかのできるお子様だけです。

ほとんどの子は、勉強していると言っても、塾の自習室で寝ていたり、漫画を読んだりしています。

それから大量のプリントの管理はまったくできません。

「やっておいてね〜」「は〜い」を信じてはいけません。

しっかり親が管理しましょう。