心の毒だし

冷えとり 心の毒②「冷酷」

スポンサードリンク

こんにちは。

冷えとりコーディネーターの風茜です?

いつもたくさんのブログの中より、ご訪問いただきまして、誠にありがとうございます。

さて、前回は心の毒の中で、利己についてお話ししてきました。

(*詳しくは、「冷えとり 心の毒① 「利己」」をご覧くださいませ。)

少しでも、不安や恐怖を感じると、安心、安全を求めるために過食がちになるので、消化器を壊す病気になるのが、利己の欲の強い傾向です。

そもそも、絶対的な安心なんて、この世の中にないのだと思えば、どんなことが起きても、そんなものかと思えるのですが、私もこの心境になるまで、なかなかそうは思えませんでした。

私の場合、仕事や人生でいつも一番悪いことを想定して、たくさんシュミレーションして、物事を進めていました。

例えば、こんなマイナスなことが起きたらどうする?→その場合はA案だとこう対処できる・・・B案ではこう・・・というようなシュミレーションをいくつも作って、いつも備えていました。

そうすると、何か突発的なことが起きても安心だったからです。(でも大体が私の徒労に終わっていましたが・・・)

冷えが取れてきて、まあいいか・・・という考え方になっている今の私から見れば、冷えているときの私はなんて気の毒な人だったのだろうと思えます。

ありもしないことに怯えて、本当にかわいそうだったと思います。

一人で利己的になっているならまだしも、周りの人を巻き込んで、不安で人を支配しようともしていました。

不安な私を気遣って!

大丈夫って言って!

そういう態度がありありとしていたように思います。

今となっては、恥ずかしいです。

どこにでも、マイナスやネガティブなことを言って、人の気分を悪くさせることを発言する人はいますが、このような人は、他人からの「そんなことはないよ」という安心の言葉を聞きたくて、言っているのです。

利己はあまりに度がすぎると、よくありません。

気をつけたいものです。

さて、今回は、心の毒の4つの中より、冷酷について、またまた自分の身の回りのことを例に考えてみたいと思います。

どうぞおつきあいくださいませ。

 

冷酷

新版万病を治す冷えとり健康法』(進藤義晴著)によれば、

冷酷というのは、冷たい、自分の都合しか考えない、他人に対する思いやりがないということです。

と、あります。

これはとてもわかりやすいですね。

心に血が通っていない人=冷酷というイメージもあるので、冷酷というのはとてもわかりやすいです。

そして、冷酷がすぎると心臓や血管などが悪くなります

利己の自己中心と、冷酷の自分の都合しか考えないというのは、少しニュアンスが違います。

利己の自分中心は、自分が安心、安全になりたいための自己中心であり、冷酷の自分の都合しか考えないということは、他人がそのためにどんな目にあってもいいという自分の都合のみが最優先されているということを示しています。

冷酷でありすぎると、心臓の病気になることが多いのですが、心臓の病気といってもいろいろあり、まずは心臓の筋肉がおかしくなります。

心筋梗塞というものですね。

心筋梗塞は、心電図などでも、よほど重症にならないと出てきません。(ですから、心電図に現れた時は重症です。)

では、まず冷酷だとどこに症状が現れるかといえば、心臓が悪いと、まず症状として現れるのが結石です。

(なぜ、結石なのかは、『新版万病を治す冷えとり健康法』をご覧になるとお分かりになると思いますので、ぜひご覧くださいませ。)楽天本

尿路結石という膀胱に石ができてしまうとても痛みを伴う症状になるのです。

これと心臓が関係があるのか?と思いましたが、やはり進藤先生のお書きになっている通りだと思いました。

義理の父は、心臓が悪いのですが、心臓に症状が出てくる前に、尿路結石にかかったことがあったからです。

進藤先生のご指摘通りです。

義父は、尿路結石にかかって、しばらくして心臓の病気が発見され、大きな手術をしました。

冷酷だから心臓を病んだのか?

そう思って、義理の父の言動や行動を思い出してみました。

義理の父は、九州の学校の先生でした。

東京に来京してくるときも、いくらお願いしても、到着時刻を教えてくれなかったり、滞在日数を教えてくれなかったりしました。

当時、私は働いていたので、これには本当に悩まされました。

夫に言ってもらったのですが、直りません。

「(連絡するのが)好かんから」という理由でした。

学校の先生で、九州男児でしたから、みんな義父中心に行動してくれるというのが当たり前だったのでしょうね。

そのため、私は予定も入れられず難儀しました。

義父ができないのであれば、義母に到着日と到着時間を連絡してほしいと直接お願いしましたが、

「私は電話できん」

とのことでした。

(義母は、利己の強い方で義父がいないと何もできない人だったのです。)

あるとき、私はいつ来るのかもわからない人を待つのも嫌になって出かけてしまったら、家の前で、お二人が待っていて怒られたことがありました。

その時に、連絡がないと私も仕事をしているのでこういうこともあるとお伝えしましたが、大変ご立腹でした。

人に迷惑をかけているという自覚がなかったのだと思います。

人は自分のために動いてくれて当たり前。

義父は、普段の会話からは冷酷という感じはあまりしない人でしたが、思いやりがないという点では冷酷なのかもしれず、そういうことから心臓を病むという例を身近に見ることができました。

 

人にしてもらったことに対して、その人の苦労を気にしないということは冷酷にもなるのです。(『医者知らず「冷えとり」で完全健康人生」より)

私自身も気をつけなければならないと思いました。

実は、この秋の健康診断で私も心臓に不完全右脚ブロック疑という診断が出ました。

心臓に何かしら症状が現れる時は、冷酷に気をつけなければなりません。

自分は人に対して思いやりがあるか?

もしかしたら、思いやりがあるつもりでもなかったのかもしれない・・・

少し反省をいたしまして、とりあえず、いつでも人に対して「ありがとう」と言うように心がけました。

3ヶ月後に、仕事先に健康診断書を出さなければならず、心電図を図る機会があり、その症状は消えていましたし、かかりつけ医からは、

「長い間生きていると、もうアラフィフですから、それくらいのことは出てきますよ。気にしない。気にしない。」と言われ、安心しました。

冷酷の自覚があまりない時は、なんでもありがとうと言うことから改善してよかったのかなとも思いました。

ありがとうと感謝しますと、他人に対しての気持ちも生まれ、思いやりも生まれます。

皆様も試しに、ありがとうと発言して見ることをおすすめいたします。

次回は、感謝と反対側にある傲慢について、考えてみたいと思います。

どうぞ、お楽しみに。

 

 

冷えとり 心の毒②「冷酷」のポイント

尿路結石は取ってしまえば、治ると思われている方も多いと思います。

でも、心臓が悪いということは、自分が人に対して、冷酷でないかどうか反省しなければ、また石はできます。

(義理の父は数回できました)

「治すな、直せ。」

これは、進藤先生の言葉ですが、(病気を)治すな、(生活を)直せということです。

つまり、いくら病気を手術して治したところで、その要因となった生活習慣を改めなければ、その病気の根治はできないということです。