私が仕事をさせていただいている出版社の女性編集者の話です。
彼女が新人だった頃、よく一緒に仕事をしました。
彼女は、喜怒哀楽がはっきりした子じゃなくて、一見、ボーッとしているように見える女性だったので、上司は事あるごとに彼女を攻撃していました。
「わかったのか、わからないのか、どっちなんだよ!はっきり返事しろよ!」
「俺の言っている意味わかる?わかるなら、わかりましたってはっきり言え!」
「なんでわかなことがあるなら聞かないんだよ、お前は!だからダメなんだよ。だからお 前は先輩から可愛がってもらえないんだよ!」
ほとんど、いじめに近い叱責が連日続きました。
私はその上司に、何度も、
「少し言い過ぎじゃないですか?彼女は少し考えてから答えるタイプなので、少し待ってあげてもいいんじゃないですか?」
しかし、上司は、
「そんな時間ないんだよ!そんな奴はこの編集部にはいらないよ」
全く聞く耳を持ちません。
でも、彼女は、決して仕事ができないわけではなく、言われたことを一旦、飲み込んでから、自分の中で消化するのに少しだけ時間がかかるタイプでした。
サボっているわけでもなく、休みなく頭は考え続けていたのです。
だから、上司から無理難題を言われても、それなりの答えをしっかり出せる編集者だったのです。
しかし、ひどい時には、30分くらい上司からの説教が続く時もありました。
手こそ出しませんが、30分も続けるというのは、完全にパワハラであり、いじめです。
しかし、彼女は表情一つ変えず、しっかりその上司の目を見ています。
ただ、その表情に変化が全くないので、悲しんでいるのか、反省しているのか、ムカついているのか、さっぱりわからないのです。
上司は、彼女のそんな態度を反抗的と受け取っていたのです。
だから、
「なんだよ。お前、その態度は?言いたいことがあるなら言え!」
「・・・いえ。・・・ありません」
「なんだと~!お前、なめてんのか?」
「いえ(手を左右にフリフリしながら)、なめてなんかいません。すみません」
嵐が過ぎた後、
「大丈夫?今日もひどかったけど」
そう話しかけても、
「ああ、はい。大丈夫です。そんなことより・・・・」
そう言いながら、 すぐに仕事の話を始めるような女性でした。
そんなある時、取材先で時間が空いて、二人でお茶をしている時でした。
「どこの大学出身なの?」
「慶応大学です」
「へ~。頭いいんだね~」
「でも私は中学校からのエスカレーター組なんで、そんなに頭良くないです」
「でも、中学受験したってことでしょう?すごいじゃん。めちゃくちゃ勉強したんでしょう?」
「めちゃくちゃ勉強しました。小学6年生の1年間は人生で一番勉強しました。てか、その1年を除いたら、それ以外は全く勉強してません 」
「辛かった?」
「ものすごく辛かったです。お母さんを本気で殺したいって思ったこと、何度もありますから」
「えー!?マジで?」
「マジです。今、思い出しても胃が痛くなるくらい、それくらい辛かったですよ。だって私にとっての小学生時代の楽しい思い出はあの1年で全部吹っ飛びましたから」
「そんなにキツいの?」
「キツいです」
「今とどっちがキツい?」
「そんなの受験の方が全然キツいです。今なんて超チョロいですから。受験に比べたら、それ以上キツかったことなんて1度もありませんから」
「上司にあんなにいじめられてんのに?」
「ああ・・・。あれは別にキツくないですよ。叱られる私が悪いんだし。叱られる理由もわかってるので」
「上司を殺したいって思わない?」
「思いませんよー!私にムカついてるんだろうな~。申し訳ないな~って思います。叱るのも疲れるだろうな~って」
「意外と冷静だね」
「お母さんに比べたら全然」
「そうなんだ~」
「だって、私は別に慶応に入りたくなかったんですよ。もっと入りやすい学校だったら奨学金をもらえたし、学費がタダになる学校もあったのでそこに入りたかったんです。家も金持ちじゃないし。親に負担もかけたくないし。でも、お母さ んが絶対に慶応に私を入れたくて。だから本当に地獄でした」
「じゃあ、受かってお母さんも喜んだでしょう?」
「はい。今となってみれば、ものすごくお母さんに感謝してるんですよね。だって、あれ以来なんの努力もしてないのに、そのまま慶応大学まで行けて、大企業にも入社できて。会社の仕事も楽勝だし。慶応中学に入った時点で、私の人生はチョロくなりましたから」
「全然、チョロそうに見えないんだけど」
「受験に比べればって意味です。あの時の苦しみに比べたら、ずっと楽勝なんですよ。多分、これからの人生も楽勝だと思います」
「そんなに?そんなに受験、辛かった?」
「はい。だから思い出したくないんです。もういいですか?受験の話」
「ああ、ごめんごめん」
ちなみに、うちの子は、おにぎりのお弁当が大嫌いです。
おにぎりは大好きだし、休日のお昼ご飯の時には、たまに大量のおにぎりを作ってみんなで食べます。
でも、
「おにぎりのお弁当だけはやめてね」
中学校に入学する前 、そう言いました。
「なんで?」
「塾におにぎりのお弁当を持って行って塾で食べてたでしょう?あれ、思い出すからイヤなの。家でおにぎり食べるのは良いけど、おにぎりのお弁当は絶対にいや」
それを聞いた時、うちの子も思い出したくないんだ・・・・・。
そう思いました。
今でも、
「そろそろおにぎりのお弁当作ってもいい?」
奥さんがそう聞いても、
「やだ」
一蹴されます。
それくらい、 みんな勉強をしたのです。
それくらい、自分を追い込んで、ギリギリのところで勝負したのです。
つまり、
受験はきつい、辛いかもしれない。
でも、
みんな辛い。
自分だけじゃない。
その辛い思いを乗り越えたからこそ、それ以降、辛いことが起きても、辛いと思わない。
大抵のことなら耐えられる。
そんな強い心が持てるようになるのです。
中学入学後の人生が、チョロいか?チョロくないか?
それは、もちろん本人次第ですけど、
そういう人生を目指したい人にとっては、今がまさに頑張り時です。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
(執筆者:心の冷えとりコーチ 風宏)
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