こんにちは。
冷えとりコーディネーターの風茜()です! @kazeakane1
さて、前回までのお話は、最近検索で「冷えとり、宗教、嘘」という件数が多いので、冷えとりは宗教?ということについて、私の考えを伝えさせていただきました。
(*詳しくは、「冷えとり 冷えとりは宗教?〜1」をご覧くださいませ。)
前回のお話で、宗教の利点を考えてみました。
布教のために制作された多くの美術品は、時を経て私たちの心を動かしてくれますね。
それはとても素敵なことです。
今回は、別の視点から冷えとりは宗教?についてを考えてみたいと思います。
(あくまで、こちらは私の個人的な見解ですので、そういうものが苦手という方は、このシリーズをお読みになることをおやめくださいね。)
信じる宗教は自分で決めるもの
結論をお話しますと、何を信じるのかは自分で決めることだと思います。
(それは、宗教に関しても、毎日何を食べるかについても同じことです。)
私たちは、小さい頃より、初詣には神社に参拝に行き、お盆やお彼岸にはお寺に墓参りに行く。
クリスマスやハロウィンの行事を楽しむ。
いろいろな宗教がごちゃまぜになっている中で成長してきています。
もともと日本は神道でしたが、仏教の伝来で、それも取り入れられて、今のスタイルがあります。
八百万の神の国の私たちは、一神教ではないのです。
ですから、曖昧な日本(日本人は、”yes or no” が外国人からはよくわからないとも言われています)を非難されることが多いのですが、それはそれで良いこともたくさんあると思うのです。
(世界三大宗教(キリスト教、イスラム教、ユダヤ教)は、一神教ですから、日本のような多神教が信じられないのかもしれませんね)
良いこととしては、曖昧であるということは、自分も絶対ではないので、相手を認め、受け入れることができるということではないでしょうか。
宗教紛争が起きているのは、ほとんどは自分たちの信じている世界だけが正しいと思い、違う世界を信じている人を批判し、自分たちの世界観を押し付けようとするからです。
もし、友人があなたの信じている世界を非難し、友人の世界観を押し付けてきたら、どう思いますか?
少なくても嫌な気持ちになりますよね・・・。
そんな人とはお付き合いしたくないとも思いますね。
人は、自分の信じるものが一番正しいと思いますし、それに共感してもらいたいとも思います。
ですから、布教活動があるのかもしれません。
実は、私も冷えとりを始めて、体の不調が治り始めた時に、「こんなに素晴らしものはみんなに教えたい!」と思い、張り切って、家族や友人に冷えとりの素晴らしさを伝えてきました。
しかしながら、私が熱くなればなるほど、家族や友人たちは引いていくのもわかりました。
やはり、自分で決意し、やろうと思って始めないとなかなか難しいのです。
病気になったら病院に行き、医者に診断してもらい、手術や薬で治すというのが、私たちが病気と対峙してきた常識的なやり方です。
靴下をたくさん履いて、半身浴で体を温めて、食べなければ病気が治るなんて、簡単には信じられないと思います。
自分だって、始める前はそんなわけないでしょう!と思っていたのですから・・・。
また、人は環境を変えたくない生きものです。
例えば、会社が嫌でたまらないのに文句ばかり言って転職しようとしない。
それは、慣れた環境を手放したくないというのが強くありますし、また探すのは面倒だし、見つからないだろうという思い込みによるところが多いですね。新しい環境にうつるのが怖いのです。
私も、この年ではもう仕事は見つけられないから、我慢しても今の仕事を続けた方がいいと思い込んでいて、なかなか仕事をやめられませんでした。
それで心に毒がたまって体を壊してしまい、仕事を結果的に辞めなければならなくなったのです。その後、諦めていた本当にやりたかった仕事に就くことができました。
今にして思えば、なぜすぐに結論をださなったのだろうと後悔したこともありました。
私は、その嫌な環境に8年も身を置いて、しかも体調を壊してしまったのです。愚かでした
では、新しい環境に踏み出すのはどうしたらいいのか?
これは、情報収集が一番だと思います。
良いことも悪いことも含めて、情報を得ること。
幸いなことに、現代はインターネットが普及していますので、情報は手に入りやすい環境だと思います。
もっと深く知りたいと思ったら、書籍を読むこともお勧めします。
たくさん情報を集めて、その中で自分で決めることが一番良いやり方なのではないかと自分の経験から振り返っても、思います。
冷えとりは宗教ではありません
こちらも、結論から言いますと、冷えとりは宗教ではありません。
こちらの書籍をよく読むとそれがよくわかります。
冷えとりおはなし会でも、冷えとりは宗教ではないのかと家族に心配されると相談される方が多いのですが、それは、冷えとりをやっている相談者が、病気になれば医者に行くという常識をやめて、薬も飲まずに半身浴だけで治そうとする奇怪な行動に、家族はそう思ってしまうようです。
(体調不良の時には、長時間の半身浴をすると回復しますから、相談者が5〜6時間半身浴している様子を家族が奇怪に思ったのでしょう。)
私も、当時、西洋医学を強く信じていた夫(風宏)から、よく言われました。
病院に行かないで、取り返しのつかないことになったらどうするの?
病気の時は栄養のあるものを食べないと治らないよ!
このように言われた時は、私も頑なに冷えとりだけでやっていこうと思っていたので、家では言い争いが絶えませんでした。(これこそ、自分の信じているものだけが正しくて、他人の信じているものを受け入れられないということだと後から思いました)
冷えとり勉強会では、進藤幸恵さん(冷えとり提唱者の進藤義晴先生の娘さん)が、このように教えてくれました。
「家族はあなたを心配して、医者に行けと言ってくれているのだから、ケンカになるようなら、家族の言うことに従って医者に行きましょう。家の中が嫌な雰囲気になるくらいなら、その方がいいです。医者に行って、薬が出たら、飲むか飲まないかは自分で決められますから」
なるほど、この話を聞いた時には、目からウロコでした。
そうして、体調が悪くなった時は、「冷えとりでやりたいのにな」と思いながらも、夫のすすめに従って受診して、処方された薬を飲みませんでした。
そうして過ごしているうちに、今まで私が悩んでいた持病などがみるみる回復し始めたのを目の当たりにして、夫も、「自分も冷えとりをやってみよう」と変化したのです。
冷えとりが宗教ではないか?と言われてしまうのは、このように普通の人から見て、常軌を逸している行動(例えば、高熱なのに半身浴を5〜6時間やって治そうとするなど)から、そのように思われてしまうようです。
それから、冷えとりを盲信している人から「冷えとりは素晴らしい!」と半ば強引に勧められて、胡散臭さが増すのではないでしょうか?(なかなか靴下をたくさん履くというのは、抵抗があることに気がつきました。見た目がまず変ですからね。でも、一度履いてしまうと、その快適さに変えられません)
冷えとりおはなし会では、柳沢さんはこう回答されていました。
「冷えとりは宗教かと尋ねられることもあるけれど、そうではない。宗教にはお布施があり、これだけお金を積んだから、利得があるということがあるけれど、冷えとりにはそれがないから宗教ではないです。冷えとり提唱者の進藤義晴先生も、冷えとり提唱者だからと言って、いくらかマージンが入ってくることもないです。例えば、絹の五本指靴下の開発に協力しても、売上のいくらかが入ってくるということもないのです。」
「冷えとりが宗教かということを言われてしまうのは、一部の人が、この道具を買えば必ず病気が治りますと高い器具を売りつけるからです。その器具を買えば絶対に治るということなんてないのに、買った人が、使ったのに治らないじゃないか!と思うので、そのように思われてしまうこともあります」
宗教(しゅうきょう、英: religion)とは、一般に、人間の力や自然の力を超えた存在を中心とする観念であり、また、その観念体系にもとづく教義、儀礼、施設、組織などをそなえた社会集団のことである。(wikipediaより引用)
もう一度宗教についてを考えてみると、冷えとりは、宗教ではないということがお分かりになるかと思います。
神社でお参りするときは、「〇〇を叶えてください」と言って、お賽銭を入れ、手を合わせますよね。
お布施をしたので、願いを叶えてくださいというのが宗教なのではないかと私も思います。
ですから、冷えとりのように、自分の力でやらなければならないのは、宗教とは違うのではないでしょうか?
ただ、宗教を悪用した人たちが健康に悩む人の心を利用して、お金儲けしよう(これを買うと病気が治るなど)とすることも多かったので、警戒心で家族が心配してしまうのでしょう。(実際に、宗教にすがって適切な治療を受けなかったために命を落としたという事件もありました)
冷えとりは、人から強制されるものではありません。そして、すぐには効果は現れません。
地味な作業を続けて、それは靴下の重ねばきや、食べ過ぎないこと、半身浴の強化なのですが、効果が現れてきます。
ある器具を使ったからと言って、治るものではありません。
冷えとり関係者の中にも、残念ながら悪質な方はいます。
健康を目指すということよりも、器具を売って儲けようという人たちです。そういう人は目先のことだけを見ているので、すぐにとか、絶対とか、甘い耳当たりの良い言葉をかけてくるものです。
冷えとりは、西洋医学と違って、薬で病状を抑えるのではなく、あなたが長い時間をかけて悪くした症状を根本から変えていくのですから、そう早くは治らないと思った方がいいです。(まれに、長年悩んでいたものがすぐに治る場合もありましたが、その根幹にあった症状が長く続くということが私には起こりました。)
大切なことは、物事にはいい面も悪い面もあるということを知るということです。
(冷えとりは薬を飲まずに根幹から症状を回復させていくことはできるけれど、即効性はないということなど)
それから、いろいろな視点からの情報を得ること。
こちらは、冷えとりグッズを販売するお店の人に相談をすると、親切に対応してくれますし、疑問を解決することは心に毒をためないことにもつながります。
また、冷えとりについてはたくさんの書籍などが出版されていますから、そちらを読まれるのもいいかと思います。
そうして、自分で判断していくことをお勧めします。
(執筆者:冷えとりコーディネーター 風茜)
進藤義晴先生はこの著書の中に、「神仏は拝まなくてもいい」とも書かれています。
冷えとり豆知識
- 病気で苦しんでいる人に、冷えとりを強く勧めるのはやめましょう。もちろん、苦しんでいる方から、何かいい健康法がないかと尋ねられれば、別ですが、病気で苦しんでいるときは心が参っていますので、親切で教えたのに、耳障りに聞こえてしまう時も多いのです。本人から、声がかかるまでぐっとこらえた方が、その人との関係は壊れません。
- 冷えとりの良さを伝えるには、冷えとりをやっている本人が楽しそうにしているのが一番。今まで、不調で苦しんでいたのを知っている家族が、健康を回復して、生き生きしている私を見て、これはすごい!自分もやってみようと思ったようです。冷えとりは、自分から始めようと思わないと長続きしません。