実は、私は、正社員8回、派遣、バイトなど実に多様な仕事に就いてきました。この職歴の中で、共通なのは、非正規職員から始まって、正社員になり、パワハラで辞めざるをえなくなるというパターンが多かったのです。
なぜなのでしょうか?
パワハラで傷つき、仕事を失うことに意味があったのでしょうか?
今ならその意味がわかります。
現在の私からみたパワハラ受けまくりの私の闇過去人生を振り返ることで、今、パワハラという人間関係にお悩みの方の心のともしびになればと思って書くことにしました。
パワハラはその中にいるときはとてもつらいものですが、心の毒出しであると思えば、毒を出し切ってしまえば、大きく変化する大チャンスになります。
災難はそのときはいやなものだけど、あとになって大きな気づきも多いのが人生です。
そして、失敗しても、どこかに自分の合う場所が必ずありますし、人生なんとかなるものです。
私の失敗体験から探っていきましょう!
今回のお話は、お金で仕事を選んだ結果、お金の亡者たちを目の当たりにして虚しさを覚えて、公的機関に就職して一件落着したはずだったのに、そんな安定の職場でも、妊娠でマタハラを経験することになった私の仕事闇歴史をお伝えいたします。
外資系よりも安定の公的機関へ
お金に目が眩んで選んだ職場の仕事は、弱っている人からお金を巻き上げるという不良債権回収の弱肉強食のお仕事でした。
そこで、人間ドラマをたくさんみた私は、お金に振り回される生き方はやはり自分には合わないと悟りました。
お金をたくさん稼いだことがなかったので、
お金を稼げば好きなものを買える
やりたいこともできる
と思っていましたが、そこで働いていた人はいつも成果に追われてストレスを抱え、お金の使い方も楽しくなさそうでした。
そして、お金を稼いでいる人たちは、ストレスのために病気や肥満、深酒、不健康でした。
そんな人たちを目の当たりにした私は、やはり仕事はある程度のお金が入ってきて、そこそこ好きな仕事であればいいと考え直しました。
【人生転換のチャンス5】お金は使い方を間違えると虚しさを覚える
金の亡者は幸せそうではなかった
【やりたいこと = お金 = 幸せ】
そして、まだ夫も病気の予後が心配だったので、何かあったときのためにすぐに動けるような責任のあまりない働き方を選びました。
そこで、公的施設のイベントや会議室管理の仕事に契約社員として就きました。
公的施設は、一般の会社、ましてや外資系からも随分遅れていていらいらさせられました。PCは5人に一台。インターネットがつながるものは部に2台しかありませんでした。PC環境が整っていた私からしてみたら、いまだに管理を台帳でしているのが信じれませんでした。台帳管理しているために誤差が生まれてよくトラブルも起きていました。でも公的施設だから誰も文句を言う人はいなくて、気持ち的には成果を求められないのでとても楽でした。
ここで今後の人生を送っていくのかと思っていたところ…
夫の脳腫瘍を機に子供が欲しいと思っていたのですが、なかなか授からなかった赤ちゃんを授かることができました。
気持ちが安定していたから、心の冷えがなかったから妊娠できたのかもしれません。
マタハラという言葉がない時代にマタハラを受ける
当時私のここでの地位は契約社員でしたので、1年毎の契約でした。
妊娠したら解雇されると思った私は、妊娠を隠しました。
生活のためになんとしてでも働き通す必要があったからです。
今から15年くらい前はまだマタハラなんて言葉は存在せずに、この古い体質の会社は妊娠した契約社員は仕事を辞めるのが当然と言う旧体質だったのです。
そこで次の契約を結ぶまで妊娠を隠し通しました。 無事に契約を結び終えてから、妊娠を告げると、公的機関から嫌がらせを受けました。ちょうど同じ頃に同じ歳で妊娠した社員の人は保障されていて、その差はとても悲しかったです。
嫌がらせ1
辞めるように勧告をそれとなく受ける
→妊娠休暇はとれるけれど、育児休暇はとれないと言われる
これには参りました。
妊娠、出産休暇はとれますが、産後ほぼひと月で働かなければならないというのです。(たぶん0〜1ヶ月の乳児を預かってくれる保育園も見つからないでしょうし、空きもないでしょう。)
これには本当に参りました。
同じ時期に出産する正社員は皆さんに祝福され、当然のごとく育児休暇はとれるのに...
なぜ契約社員の私は辞めろと言われるのだろう...
他の社員の方からは、いつやめるのかと聞かれるようになりました。
嫌がらせ2
いつ辞めるのかと当然のように言われる
→女性は子供を産んだら辞める、
社員でない人は辞めるという古い体質の仕事場
ところが、母子手帳を見ていると、
「契約社員でも1年以上働いていたら育児休暇をとることができる」
と書かれていて、育児休暇を申請しました。
すると…
前例がないと却下されました。
当時は、私も、夫が病気から復帰したばかりでしたので、働くことは死活問題でした。
この会社の上司と話しても拉致があかないと考えて、労働局の機会均等室に相談したところ、その職員の方から、
「あきらめずに権利を勝ち取って
後に続く契約社員の方の道を
作ってください」
と励まされ、会社と戦うことにしたのです。
公的施設は、さらに位が上の公的施設には弱く、労働局からお達しには、あんなに前例がないと言っていた上司も手のひらを返したように育児休暇を許可しました。
ところが、毎日のマタハラの闘いで私の体に相当なストレスがかかり、切迫早産しそうになりました。
出産休暇3ヶ月前から寝たきりになってしまい、休職せざるを得なくなりました。
心の毒はこんなふうに体を蝕むのです。戦いには勝ちましたが、自身のダメージも相当大きく残りました。
【人生転換のチャンス6】忖度からの脱却
欲しいものや必要なものは主張し、得る
知識と知恵があれば、騙されない
ところが、マタハラはこれで終わりではありませんでした。上司はメンツを潰されたことを根に持っていて忘れずにきちんと私に復讐をしてくれました。
育児休暇明けの私の席は別部署に移動されていました。
(本来ならば育児休暇後には所属の部署に戻さなければならないという決まりがあったのにもかかわらず。)
もちろん、わたしは戦いましたよ...
つづきは▼