夫婦のコミュニケーション

夫婦円満の秘訣は完全じゃないこと!我慢しなくていい夫婦のコミュニケーション2

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結婚して銀婚式を迎えた私たち夫婦は、若い頃も今も喧嘩が多い夫婦でした。あまりにけんかが激しくて、周りからは仲のいい夫婦とは見えなかったことでしょう。

ところが、同じ時期に結婚した温和そうなけんかなんてまったくしないというような夫婦の方が別れてしまったりしているのです。

これはなぜなのでしょう?

私たち夫婦は結婚してすぐの新婚旅行でやらかしました。

今日の記事は私たちの新婚旅行の事件をふりかえりながら、夫婦円満のこつを考えるものです。

夫婦円満の秘訣は完璧であることと思っていませんか?

新婚旅行前日にトラベラーズチェックの控えを捨て、新婚旅行初日の夜にバスルームの非常呼び出しの紐をシャワー紐と間違えて引っ張り、ビデで大の用を足し、ホテルのブラインドを壁ごと崩壊させてしまったわたしは、奥さんから、

「離婚よ!」

と、宣告されてしまったのでした。

 

でもね、言い訳をさせていただくと、

最初から完璧にこなせる奴なんていないんですよ!

そんな相手と一緒にいて楽しいですか?

完璧じゃないから当然、失敗もしますよそりゃ。

その失敗を今までだったら一人で解決しなきゃならんけども、それを二人で解決できる。

こんな幸せなこと、ありますか!?

その機会を新婚旅行初日から、神様はそのチャンスを与えてくださった。

なんてありがたい。

そう思えないかな〜。

 

そんなこと、口を裂けても言えませんよもちろん。

 

でも、そう思いません?

 

夫婦なんてねー。

完璧じゃないから面白いんじゃありませんか!

夫婦円満は完璧じゃなくても誠心誠意さえあればよいということがわかった出来事

 

では、現実世界に戻ります。

カーテンレールごと崩壊した壁を前に、

奥さん「これ、どうするのよ?」

 

わたし「ところでさー。イタリア人に絶対にやってはいけないことってなに?」(ちなみに奥さんはこの時までにイタリアには2度ほどの渡航歴あり)

奥さん「絶対に謝らないことだよ。非を認めないこと。非を認めたらいくら請求されても文句は言えない。まあ値切ることはできると思うけど」

わたし「でも、さっきわたしが非常用の紐を引っ張った時、茜さん謝ってなかった?」

奥さん「ミ・スクーズィー?そうね。でも、あれは謝ったからってお金取られるわけじゃないし。日本人がよくやるミスだし」

わたし「じゃあ、これは謝ったらやばいってことだよね?」

奥さん「たぶん、お金、分捕られると思う」

わたし「じゃあどうしても謝りたくない時にはなんて言えばいいの?」

奥さん「ミ・ディスピアーチェかな。『とても残念です』とか、『遺憾ですが』みたいな意味になるのかな。イタリア人はとにかく謝らないからね。誤ったらつけ入れられるから」

わたし「謝らなかったら大丈夫なの?」

奥さん「少なくともつけ入れられることはないと思う。この場合はわからないけど」

わたし「ホテルでも同じ?」

奥さん「たぶん」

わたし「アメリカみたいにすぐに『訴訟だ!』『契約違反だ!』ってなるのではなくて、話せばわかる相手ってことでしょう?」

奥さん「そりゃあそうかな・・わからないけど」

わたし「さっきは非常用の紐を引っ張っただけで謝ったんだよ。それは相手もわかっている。今度はカーテンレールを落としたにも関わらず謝らない」

奥さん「嘘をつくの?」

わたし「嘘はつかない。ホテルの人だから嘘は簡単に見抜くと思うんだ。本当のことは言う。状況をしっかり説明する。客観的な事実だけを誠実に伝える。でも謝らない」

奥さん「それで大丈夫?」

わたし「大丈夫だと思うよ。それでも弁償しろと言われたら仕方ないけど、言いなりになるのではなくてしっかり交渉する」

奥さん「言葉は?英語もイタリア語もできないじゃん」

わたし「言葉なんて関係ないよ」

 

わたしは辞書で最低必要減のイタリア語を暗記し、電話でホテルの人に部屋に来てもらうように話しました。

彼が部屋に来ると、わたしは、

「ミ・ディスピアーチェ。リ・ヴェーデ。ペルファボーレ」(残念なことが起きてしまいました。ちょっと、これを見ていただけますか)

そして、肩をちょっとすくめて見せました。

 

彼は部屋の状況を見た途端、オー!!と声をあげて両手を大げさに大きく広げました。

わたしは、両手で紐を引っ張る仕草をし、上から大きなものが落ちて来て、埃が舞って、頭を抱えて、そして、とても悲しい顔をしながらまた肩をすくめました。

「ヴィアッジオディノッツェ(新婚旅行なんです)・・・、プリマヴォルタ・・ミラノ(初めてのミラノだったんです)・・・ミ・ディスピアーチェ(とても残念です)」

 

「オー!ミ・ディスピアーチェ!ペラペ〜ら@?☆♬〜〜〜。ヴァベーネ?」

そう言って、彼は自分の胸に両手を当てながら懇願するような仕草をしたのです。そして、大きく両手を広げてからわたしの両手をしっかり握ってきました。そして、早口で何かを話して部屋を出て行きました。

私「彼、なんて言ってたの?」

奥さん「わたしも残念ですって。壁が古くなってネジが緩んでいたのかもしれない。明日、日中に必ず修理しておくから悲しまないでくれ。みたいなこと言ってた。多分大丈夫だと思う。全然謝ってなかったね」

私「でも、嘘も付いてないし、ごまかしたりもしてなかったでしょ。どっちに責任があるとか、そういうことを抜きにして事実だけをしっかり誠心誠意をもって伝えたつもりだよ」

奥さん「うん。誠意は伝わったと思う」

私「正直、お互いにかなり芝居がかってたけどね。ホテルの人もとりあえずはああいうリアクションを取るしかなかった感じだよね。でもそのあと本当のことをちゃんと話しから、彼も嫌な気がしなかったんじゃないかな」

 

翌日、私たちが観光に出かける時、フロントにいた彼は、昨日のことをまるで覚えていないかのように笑顔で送り出してくれました。部屋に戻ってきても壊れた壁はそのままでした。夕方、食事に出かける時も、彼はいましたが、壁のことには何も触れません。だからわたしも何も言いませんでした。ミラノに2泊しましたが、壁は最後まで壊れたままだったし、チェックアウトの時もホテルの人は壁に関しては何も言いませんでした。

「お互いになかったことにしましょうね」

これも以心伝心というのでしょうか?

わたしはそのように受け取りましたが、ただ単に忘れてしまっていただけかもしれませんね。

 

 

もし夫婦間でけんかになったら事実を受け入れることだけするとよいということを学んだ出来事

実は、この旅行のふた月前にも、記者の仕事中にこんなことが起きていました。

ある現場に車で向かう途中、交差点に差しかかろうとしたそのときに信号が点滅し始めたので、私は速度をあげて交差点に侵入しました。そのとき、交差点の横断歩道手前ギリギリのところにハザード停車をしている大きなベンツにサイドミラーを引っ掛けてしまったのです。ベンツはエンブレムを金色に変えていて、標準より明らかに大きなタイヤを履いて窓ガラスは真っ黒で、運転席には黒いスーツを着た坊主頭の明らかにあちらの世界とわかる方が座っていました。

私は左折して少し走ったところに車を止めて、財布と名刺入れをもって車を降り、走ってベンツのところに戻りました。

「ミラーを引っ掛けてしまいました。申し訳ありません」

するとその方は、

「ほ〜。なんで戻ってきた?」

そう言うのです。歳は40前後。耳の下あたりから肩が生えているような、顎のすぐ下に分厚い胸板があるようなゴツい身体。威圧感半端ない感じです。

「僕が引っ掛けてしまったので・・・・すみませんでした」

「逃げようとは思わなかった?」

「逃げる方が怖いので・・・・」

「でも左折したらこっちは信号赤だし、逃げられただろ」

「逃げたっていいことないですから」

「ベンツの修理は高くつくぞ」

「はい。覚悟してます」

「警察呼ばなくていいのか?」

「呼んでも大丈夫ですか?」

「どういう意味だよ」

「いや、なんとなく」

「・・・・・(笑)じゃあもうええよ。行っても」

「え?どういうことですか?」

「逃げてたら大変なことになってたけどな。よかったな」

「いいんですか?」

「いいよ。俺は人待ちだから、お前の相手してられないんだよ」

「後で変な請求来ないですか?」

「来て欲しいか?」

「いや、来て欲しくないです。じゃあ、名刺お渡ししなくてもいいですか?」

「連絡来て欲しいか?」

「じゃあもう行きます(^_^;)本当にご迷惑をおかけしました。ありがとうございます!」

「安全運転しろよ!」

 

この時の私の心理状態は、こういうことでした。

ぶつけた瞬間に、あちらの世界の車だと気づいて、「終わった〜」と思ったけれど、咄嗟にこうも思いました。

トラブルは避けたい。

相手を刺激したくない。

恐怖を引っ張りたくない。

結論を後回しにしたくない。

さっさと終わらせたい。

そのためにはどうすれば・・・・・。そして、咄嗟に下した判断は、

言い逃れをしない。

下手な小細工はしない。

覚悟を決める。

この三つでした。そのためには・・・・・・。

感情のスイッチを切る。

客観的事実だけを見る。

客観的事実だけを伝える。

 

そこから先は、

感情の糸をプツンと切って、何も評価せずに、ただただ、今この瞬間に起きている事実だけを受け入れる。

 

 

夫婦は私情だけの関係で成り立っている関係

意図的にそうしたわけではないけれど、咄嗟に判断し、出した答えがこのような状態だったのだと思います。

 

この時点で、記者という仕事を初めて半年も経ってはいませんでしたが、記者になって私が最初に学んだことは確実に生かされていました。

取材をするときは事実を客観的事実として見る。私情を挟まない。感情に振り回されてはいけない。取材対象を評価しない。

と、いうことでした。

そうすることで、

 

相手のことが今まで以上に見えてくる。

 

と、いうことに気づいたのです。

ちょっとした”間”や仕草、言葉の微細な強弱の違いによる感情の変化など。そういうことにしっかり気づくことができると、初対面でも相手が心を開いてくれて、聞きたいことを尋ねなくても相手が話してくれるということを。

どんな関係であろうが、二人の人間が顔を付き合わせて会話をするときには、お互いのリズムや熱や感情を合わせようとするものです。

その過程で、相手の気遣いや優しさを感じることができれば、こちらもそれに応えようとします。

夫婦もそれと同じなのです。

でも、夫婦だからこそ、そんな簡単なことができないということも言えるのです

 

記者としてのわたしは、常にそこを意識して自分に言い聞かせ続けた結果、

自分の身に起きたことも勤めて客観的事実として俯瞰して見る。

と、いうことができるようになった。それも、

知らず知らずのうちに、自分にとって突発的な事実が身に降りかかったときに限って、しっかりそのスイッチが入るように訓練されていたのです。

 

記者という仕事は、ほとんどの場合、突発的な事件事故に対して、迅速に対応できるようにしておかなければなりません。そんな時、私情ほど余計で無駄なものはないのです。

 

訓練の結果、半年足らずで、取材時に置ける心のコントロールはなんとかできるようにはなりました。

でも、夫婦関係では、

私情を挟まないなんて、無理ですよね。

私情だけの関係で成り立っているのが夫婦なのですから。

 

そりゃそうですよね。夫婦に公共性は必要ありませんから。

 

だから、面白いのです。

 

馬鹿正直なまでにさらけ出してしまう私情や感情が、いつでも冷静な判断の邪魔をします。

それはそうなのだけど、

それはそうなのだと諦めるのではなくて、素直に認めて受け止めて、それでも、客観性を少しでも持たせることができるようになれば、仮にトラブルに見舞われても、少しは冷静でいれらる。相手のことを考えられる自分に気づくことができるようになるのも、また、事実なのです。

 

この一件で、わたしは、

「こういう場面でも冷静でいられる自分がいるな〜」

と、いうことに気づくことができました。

 

そして、新婚旅行初日に起きたこの出来事で、奥さんが私に抱いた感想は、

「この男は適当だけど、いざとなったら逃げない。強い」

だったそうです。

それは、この25年間、変わらず彼女が私に対して抱いている感情です。

 

逃げない = 逆境に強い = 信用できる = 頼り甲斐がある

 

 

この新婚旅行は最初から最後までトラブル続きでした。

次に向かったヴェネツィアで豪華で華やかな景色に乗せられて飲めや食えや買い物しろやの散財しまくり。その次のフィレンツェでほとんどお金を使い果たしてしまい、残りのローマ、ナポリ、ポンペイ、カプリ島での6日間を交通費を含めて二人で6万円で凌がなくてならない状況に陥りました。

にもかかわらず、ナポリではタクシーにボラれてしまい、そんなタクシーに「金返せ!」と運転手に掴みかかる奥さん(写真はそんなナポリの街並みです)。お金が全くないのにポンペイ近郊のレストランで初めて見たアーティチョークのステーキとアーティチョークの花のフライがどうしても食べたいわたしと「本当にお金ないんだよ」と、それを阻止しようとする奥さんと大げんか。(結局食べましたが、これがまずいの何のって)

少しくらい計画を立てていればよかったのですが、お金もないのに「イタリア全土を回る旅行がしたい」と無理に行くだけ行って最後は少し気持ちがわびしくなるような貧乏旅行だったのですが、何しろ私たちは若かった。

そのおかげで、最初にいろんなことがわかったのです。

自分のことも相手のことも。

お金に対する考え方。価値観。

咄嗟の判断力。

相手に対する敬意。

責任感。覚悟。

お互いの妥協点。

絶対に相いれない相違点。

協力し合う気持ち有無。

本当に辛い状況での相手を思う気持ち。

 

 

新婚旅行では、わたしも奥さんもどれ一つをとってもできてはいませんでした。

お金を大事にしてないし、咄嗟の判断力もない。相手に対する敬意もなければ、責任感のなすり合い。お互いに妥協しないし、協力し合う気持ちも希薄。本当の意味での相手を思う気持ちが、果たしてあったのでしょうか?

甚だ疑問です。

 

でも、そんな不完全な人間だから、一人では生きてはいけないのであって、パートナーが必要なのであって、

完璧とはほど遠い存在同士だからこそ、夫婦は面白いのです。

この新婚旅行は、そのことに気づく旅でもありました。

 

そんな不完全な男女が、一つ屋根の下に二人きりで一緒に住むのです。

いやでも、見たくなくても身につくのが、相手の嫌な部分です。

それが、

下手な小細工をしたり、

言い逃れをしたり、

覚悟を決められない優柔不断な部分です。

 

人間のそういう姑息な部分は、赤の他人ですら簡単に見抜かれてしまいます。なぜなら、その部分がもっとも誰もが持っている人に知られたら恥ずかしい部分だからです。

だから、そこが見えてしまうと尊敬できなくなる。

だからこそ、

下手な小細工なんてしないほうがいいのだし、

言い逃れはやめて、

覚悟を決める生き方をしたほうがいいのです。

 

難しそうですよね。

でもそれができると、結果、生きるのがかなり楽になりますよ。

楽になるし、相手のことを信頼できるようになるし、尊敬できるようになる。

 

今からでも遅くありません。

覚悟を決めてください。

 

最後まで読んでくださってありがとうございました。

(執筆者:心の冷えとりコーチ 風宏)

続きはこちらです。

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