私は、30代の時に脳腫瘍ができました。
幸い良性だったので、現在は経過観察のために1年に一度検査するにいたっています。
手術も大変でしたが、それ以上に大変だったのは予後でした。
あのとき、猫がいたから、私は回復に1年かかると言われていましたが、3ヶ月で社会生活に復帰できることができました。
今日はそんな動物の恐るべき力についておはなししたいと思います。
猫の恐るべき幸福力
2001年の6月15日にマウが我が家にやってきて、
ま〜あ、とにかく可愛いこと可愛いこと。なんなんでしょうね。子猫の愛らしさって。
でもね、ただただ、可愛いだけだったら、ここまでハマらないと思うんです。それは、人間だってそうですよね。
可愛いのに、ちっとも言うことなんか聞きゃしない。本当にムカつくんですよ。あったまにくるんです。いろんなことが。でも、いくら叱っても、ちっとも応えない。
だから、飽きないんだな〜。
それどころか、仕返しまでしてくる。たとえば、どうしてもコラッ!って、感情的に叱っちゃう。そのあと、背中を向けると、爪を立てて背中に飛びかかってきたりする。痛〜ッ。振り返ると、微妙に手が届かない距離の場所にチョコンと座ってシレ〜ッとこっちを見ている。思わずプッて笑ってしまう。
ここまでくると、犬や人間の子供にはそんな発想はありませんから。もう、こうなると猫だけの魅力ってことになるんですね。
ツンデレ
これです。ツンデレ。ちなみにわたしは、女性の好みもツンデレ。ちょっとキツイくらいが好きです。小津映画の若尾文子さんとか、若い頃の桐島カレンさんとか、満島ひかりさんとか。あ、すみません。ツンデレに引っ張られました。マウの話です…。
マウがやってきて一夜明けて朝、興奮で早めに目が覚めてリビングのカゴに行ってみると、マウはいませんでした。カゴの戸は閉じたままなのにマウはいない。
どこだ?
なんと、ベッドの奥さんの横で寝てました。寄り添うように。
は〜あ、なにこれ?なに、この愛らしさ。マジかこいつ。デレ〜。
翌朝も同じ。その翌朝も。でも、ご飯を食べるときはカゴに入ってポリポリ。おしっこはトイレでチー。ウンチは、トイレで息んでクーッ!と声を出しながらぶっといのを一本。まあ、相当臭いですけど、すぐに取り除いてトイレに流さないと、ミャ〜ミャ〜言ってくる。「早く捨ててよ〜」って。
そして、夜、一応カゴに入れて、戸を閉めて、
「おやすみ〜」
て、言って寝室に行く。
1時間くらいして寝室に言ってみると、カゴの中でスヤスヤ寝ている。で、朝になると、いつのまにか奥さんの顔のすぐ横で寝ている。
「猫ってなに!?こんなにかわいいの?今まで知らなかったって、今までの人生損してない?」
それくらい、ただただ、かわいい。デレ〜。
でも、これだけだったら、ただのデレ。ツンがまったくありません。
「猫っていいね〜。なんにも教えなくていいんだもんね〜」
と、ヘラヘラ笑っていられたのは最初の3日だけでした。
だって、考えてみてください。
「なんにも教えなくていい」って、ことは、
「自分のやりことをやる」って、ことで、
「なんの言うことも聞かない」
って、ことの裏返しなんですよ。
猫の恐るべきツンデレ力
「ギャ〜ッ!!」
4日目の朝は、奥さんのけたたましい叫び声から始まりました。
「どうした?」
「噛まれた〜!」
見ると、目の上の瞼に真っ赤な穴が。そして、どんどん血が吹き出しているのです。
「なんで〜?」
「わからない。突然、噛まれた」
マウを探すと、寝室のドアのところでジッとこっちを見ている。
「マウ!」
わたしが立ち上がると、ヒャーッ!っとリビングへ走っていく。あとをついていくと、「遊ぼ遊ぼ」と、ピョンピョン跳ねている。罪の意識ゼロ。無邪気さ100。
「なんで噛んだの?」
と、聞いたところでさっぱりわからない。
「今日は噛まないでね」
そう言って、寝て、
「ギャ〜!!」
わたしの瞼にアイスピックであけたような穴が一つ。やつは噛んでグイ〜ッと引っ張りやがった。そりゃ、痛いのなんのって。寝ているときにそんな痛みが襲ってきたら、びっくりして心臓も痛いんですよ。つまり、かなりヤバイ痛み。
「なんなんだ〜!!!」
マウは、ひょいと飛んで、寝室のドアのところで、シレ〜ッとこっちを見ている。「だから?」てな顔で。ツンッ。
ムカつく〜?❗️
翌朝もそして、その翌朝も。マウは噛む。頬を、顎を。頭皮を。こりゃたまらんと、寝室のドアを完全に閉めて、入れさせないようにした。すると、夜中の4時。
ミャアミャアミャアミャアミャアミャアミャアミャアミャアミャアミャアミャアミャアミャアミャアミャアミャアミャア…
うるさ〜〜〜〜〜〜〜〜〜い!!!!!!!!!!!!!
……………ミャアミャアミャアミャアミャアミャアミャアミャアミャアミャアミャアミャアミャアミャアミャア
はい。負けました。
ドア、あけました。
「早く開けろよ。バカ」ツンッ。
もう、叱る気力もなく寝ました。
「ギャア〜〜〜〜!!」
また、顔面に穴、あきました。
そのあたりから、わたしたちは、マウに噛まれまいと、明け方になると、無意識に布団に顔を埋めて寝るようになりました。すると、マウは、今度は手に攻撃を仕掛けてきたのです。しかも、そこは、やっぱり肉食動物。
攻撃の仕方が上手い。一番の弱点をついてくる。
手と言っても、噛む場所は必ず同じ。顔だったら瞼を噛んできたように、手だったら、親指と人差し指の一番皮が伸びるところ、そこを噛んで引っ張る。だから、むっちゃくちゃ痛い。痛くて痛くて気がおかしくなりそう。
そのうち、わたしも無意識のうちに、噛まれた瞬間にマウを掴み、壁に思い切り投げるようになります。
でも、マウは、ヒュルヒュル〜ッと回転し、見事着地。ツンッ。今度は、そういう遊びだと思って、ますます噛んでくる。
本人に悪気一切なし。
気がつくと、わたしも奥さんも不眠症になっていました。
わたしの顔面の痙攣が復活し、左顔面がまったく言うことを聞かなくなります。笑ってしまったら左側だけ笑ったまま。ご飯を食べていると、左側の唇からポロポロと米粒がこぼれる。
明け方のマウが怖くて眠れない。マウのストレスなのか、仕事のストレスなのか、肉低的な問題なのか、このままだとマウノイローゼになりかねないので、とにかく病院に行って検査しました。結果、脳腫瘍が見つかりました。7月の10日頃のことでした。
ウサコが死んで、そのショックで顔が痙攣して、マウが顔面と手を噛んで再び痙攣が出て、検査をしたら脳腫瘍が発見された。
なんだおい!ペットの力ってすごいな!ウサコが死をもって教えてくれようとした。マウが、はやく病院に行くんニョだ〜ッ!と、教えれくれた。
なんか、そんなことをあの当時、本当に真剣に思ったんですよね。
だって、動物の力って、本当にすごいから。
マウの暴力が、最高のリハビリ
それから5日後には入院、8月1日手術という運びになるのですが、そのときの奥さんを救ったのもマウでした。会社から病院に直行し、帰宅後も自宅で、手術のための準備や退院後のリハビリのための模様替えで大忙しの奥さんは寝るときにはバタンキュー。マウは寄り添い、朝、奥さんが目覚ましを鳴らすまで一度も手や瞼を噛まなかったそうです。
7月30日に手術前の一時帰宅を許されたときもマウは、ただただわたしのそばにずっとくっついたまま、静かに撫でられていました。
そして、術後、一ヶ月後、帰宅したわたしは、左耳の聴力や三半規管といったすべての機能を失ったため、めまいが止まらず、まっすぐ歩くこともできず、コンクリートの生コン車がコンクリートを吐き出す轟音にそっくりな耳鳴りに悩まされ、
「本当に社会復帰できるんだろうか…」
と、失意のまま帰宅したのでした。
部屋に入り、マウとの再会だけが唯一の楽しみ。玄関ドアを開けて、「マウ!」と叫ぶ。シーン。
部屋に上がり、リビングに入る。「マウ!」シーン。どこにもいない。
「あれ?マウ、いないねえ」
奥さんが声を出すと、ミャ〜っとマウがやってきた。奥さんの元に。わたしが「マウ!」と、手を伸ばすと、シャーッ!!!
え〜っ?!もしかして…わすれた?わたしのこと。
感動の再会のはずが、なんじゃこりゃ。
それが、マウ。
それが、猫。
その夜、移動の疲れもあってさっさと寝たわたしでしたが、夜中にふと目を覚ますと、マウはわたしの首のあたりに体を丸めてピタッと寄り添うように寝ている。
なんだ、こいつ、相変わらずツンデレだなあ〜。
その1時間後、
「ギャ〜ッ!!」
顔を隠して寝ることをすっかりわすれたわたしの瞼を思い切り噛んで引っ張るマウの姿が超マクロで目に飛び込んできたのでありました。
伸ばした怒りの手をヒョイと軽〜くよけて、ちょっと離れたところにチョコンと座ってこっちを見るマウの目は、
「ほれ、悔しかったら立たんかい」
そうわたしを挑発するのでした。
わたしがゆっくり立ち上がると、ちょっとだけ逃げて、またチョコンと座ってこっちを見る。
「ほお〜、立てるやん。だったら歩かんかい」
そういう目で先を歩く。
ふらつきながらもなんとかソファまでたどり着いてソファに倒れこむと、ミャアミャアミャアミャアミャア…。
「今度はなに?」
せっかくリビングまでなんとか歩いてきたのに、今度は風呂場に連れていけという。
「水が飲みたいの?」
ミャアミャア(そうそう)。
「はいはい」
水を飲むとミャアミャアミャアミャア…。
「なに?」
わたしを振り返り振り返り、カゴのところに連れて行く。そして、ご飯をポリポリ食べ始めたのです。
「で、なに?」
ミャア!
マウはとっても嬉しそうに鳴いて、尻尾をピンと立ててご飯をポリポリ。
「だからなに?」
ミャア!
鳴いてポリポリ。
「なんだかわからないから寝るよ」
そう言って立ち上がると、
ミャウア〜ウウヴ〜ッ
「なんかちょっと不満そうだね。なに?」
そう言って座ると、
ミャア!
嬉しそうに鳴いてポリポリ。
「もしかして、ご飯食べているところ見ててほしいの?」
ミャア!
そうだったのです。
マウは、ご飯を食べているところを見ていてほしい猫だったのです。
なにそれ?
でしょう?
人間の感覚ではわからんでしょう?でも、マウは、ご飯を食べているところを見ていてほしい猫。
夜中、噛んで起こすのも、ご飯を食べているところを見ていてほしいから。
だから、ご飯を食べている時も途中でやめて、ちゃんとチェックする。
「大丈夫。見てるよ」
そう言うと、グルグルグル〜ッと喉を鳴らして喜んでいる。
へんなの。
でも、その変な癖のおかげで、わたしはみるみる回復していきました。
おそらく、マウがいなければ、家の中だけでここまで体を動かすことはなかったでしょう。結果、わたしがマウの担当になりました。
ご飯の準備、糞尿の始末。水をやる。遊ぶ。ご飯を食べている姿を横に座って見る。そして、一緒に寝る。で、朝、噛まれる。
退院一ヶ月後には、散歩できるまでに回復したのです。
我が家に来てわずか一ヶ月で、わたしが入院していなくなり、退院するまでの2ヶ月間を、奥さんを支え、退院後のリハビリ半年間、わたしを支えて続けたマウ。
わたしがそうなるのを見越して奥さんの負担をこれ以上に増やさないために絶妙なタイミングで逝ってしまったウサコ。
わたしたち夫婦には、ウサコとマウの見事なまでの連携プレイのように思えて仕方ありませんでした。
しかも、今度は、社会復帰のために外に出て活動する訓練をしなければならないわたしに、さらなる名アシストが現れるのです。
それは、ボクサー犬のドンナでした。
ボクサー犬のドンナ
わたしと奥さんは、夜、暗くなってから近所を毎日散歩してまわりました。昼間は、目や耳から入る情報が多すぎて、目まいや耳鳴りの後遺症に苦しんでいるわたしにはちょっと歩くにはきつすぎたのです。
そんなとき、毎日目の前を通る、一軒の動物病院が気になっていました。誰もいないガラス張りの院内には、一匹の大きなボクサー犬がいました。
ガラスの向こうからずっと外を見つめているのです。夜の暗い動物病院に犬が一匹。
「この犬、いつもここでなにやってんだろうね」
そんなある日、毎日病院の周りを掃除したり、水撒きをしたり、ボクサー犬を散歩させている看護師さんに話しかけてみたのです。
「あのボクサー犬は、この病院の犬ですか?」
すると、思いがけない答えが。
病院のオーナー夫婦が病院のマスコットにと飼い始めて、最初は夜自宅に連れて帰っていたのだけれど、そのうち、面倒臭くなって夜は病院に置いていくようになった。そのうち、散歩にすら連れていかなくなったので、看護師さんが空いている時間を利用して散歩に連れて行っている。でも、さすがに看護師さんのアパートには連れて帰れない。だから、そのままずっとこの病院の中にいる。と、言うのです。
これは、もう、虐待以外なにものでもありませんでした。動物病院が、そこの医者の夫婦が、他人の動物を治療しつつ、自分の犬はほったらかし。
そういう人間もいるのです。
わたしは、思わず名乗り出ていました。
「じゃあ、今度からわたしが散歩をしますよ。暇だし。毎日、ただこの辺を歩いているだけだし」
散歩、ジョギング、自転車のパートナー
まず、散歩から始まりました。
なんといってもボクサー犬。力の強さは半端ない。こっちがいくらゆっくり歩きたいと思っても、グイグイ引っ張っていく。そもそも躾ができてないから、勝手に行きたいところに行くし、おしっこしたいところでする。ドンナはメスだから縄張り意識が少ないので、決まったところでしない。したくなったらいきなりしゃがむ。
「おいおい、ドンナ、おまえネコか?」
そう話しかけると、断尾されて短くなった尻尾を最大限にピロピロ降って上機嫌。
「散歩、うれしいんだな」
ピロピロピロピロ。
それから、なんとか、横に並んで歩くことを覚えさせたけど、なんせ、体力があるものだから、いくら歩いても満足しない。
でも、そのおかげで、わたしの目まいはいつのまにか治り、自転車に乗れるまでに回復。
「よし!自転車で散歩するか!」
そうして、自転車に乗って、二人で並走すること10キロ。1日2時間。そんなことを半年間、毎日続けていました。
気がつくと、わたしは、犬の躾の達人になっていたのです。
「風さん、その能力を活かさない手はないから、ドッグトレーナーの資格取ったらどうですか?」
なるほど…、どうせ暇だし。
その口車にまんまと乗せられて1年かけて取得したのが、ドッグアドバイザーの資格だったのです。
ドッグトレーナーとドッグアドバイザーの決定的違いは、
ドッグトレーナーは犬の訓練をする人。
ドッグアドバイザーは、犬の飼い主さんに犬の飼い方、しつけ方を指導する人。
犬は、いくらドッグトレーナーに訓練されても、飼い主さんが、その指導をもとに正しく飼わないと元に戻ってしまします。
要は、
飼い主次第なのです。
子育ては、親しだい。
犬の躾は飼い主しだい。
ネコはネコしだい。
いいよね〜ネコ。
そんなドンナとの出会いもあり、わたしは、見る見る回復し、車の運転もできるようになって、1年後、記者という仕事に復帰することになったのです。
今のわたしの人生は、チーちゃん、ウサコ、マウ、ドンナなくしては語れないのです。
ペットを侮るなかれ。
人間なんかより、はるかに、高潔なり。
(執筆者:心の冷えとりコーチ 風宏)