心の毒をとるために、心の冷えとりコーチ・風宏がおすすめするのは、
- 心をさらけ出す
- 心を晒して、本心をぶつける。
- 素直な気持ちになって、人と話す。
それが、難しければ、”フリ”でいい。そうすれば確実に変わります。
「素直」こそが、飛躍の道
わたしは、まったく素直な人間ではありません。
「風くんは、もう少しきちんと人のアドバイスを聞いた方がいいよ」
「まあ、一応、頭には入れておきます」
「頭に入れておくだけじゃなくて、すぐに言われたことを実践したほうがいいと思うんだ」
「その時が来たら、きちんと言われたとおりにやってみますよ」
「やってみますじゃなくて、やらなきゃ」
「でも、わたし思うんですけど、本当にそれ、ただしいのかな〜?」
「ほら、やっぱり聞く気ないじゃん」
「そんなことないですよ〜。やりますよ〜。はいはい。やりますやります」
「ホント素直じゃないな〜」
はい。そのとおりです。わたしはまったく素直じゃない。
奥さんの『冷えとりブログ』を読んでいただいている皆様にもおわかりかと思いますが、わたしは、人様からご指摘を受けたことを素直に受け入れられるようになるまで、とても時間のかかる人間です。
「とりあえず、やってみよう」
とは、思わない。
言われたことを自分なりに検証して、
「やってみていいかも」
と、納得しない限り、動きません。
それでも、この年齢の割には、比較的「性格は素直」と、よく言われます。自分ではそう思っておりませんが。
こんなわたしですら、「素直」な部類に入るのだから、世の中の大人の大半は、
「素直じゃない」
と、いうことになりますが、いかがですか?
ご自分でどう思われますか?
素直ですか?
じゃあ、「素直だね」と「素直じゃないな〜」。どっちを言われる自分でいたいですか?
わたしは、「素直」をお薦めします。
てか、
「素直」になりましょう!
素直は、心の健康を保ってくれます。
素直は、仕事や勉強の吸収率を高めます。
素直は、あなたを確実に飛躍させてくれます。
素直は、バカ正直になんでも人の言うことをハイハイと聞くということではありません。盲信するということではないのです。聞く耳を持っている。受け入れる体制が整っている人のことを言うのです。
素直じゃないやつは、素直な”フリ”をしろ!
女性にありがちなのが、人に相談に行っても、はなから聞く気がないパターンです。
「相談があるんだけど、聞いてくれる〜?」
で、
「わたしは、このまま別れないで頑張ろうと思うんだけど、どう思う?」
で、
「別れたほうがいいと思うよ」
なんて、言おうものなら、
「なんでそんなこと言うの?彼のこと、何も知らないくせに!」
そりゃ、知らんがな。だったらどうでもいいがな。ってな事になりますよ。
「いいよ。別に!プンプン!!」
その時は、そう言って反発しても、後になって思い返すと、友達の言葉は案外、的を得ていたり、自分に言いづらいことを言ってくれていたりすることに気づくんです。
でも、それだと遅いんです。
気がついた時には、誰もあなたにアドバイスしてくれなくなっている。
やっぱり、素直じゃないと損をしますよね。
だからと言って、昨日まで素直じゃなかった人が、今日、素直に生まれ変わっているなんてことはないわけです。
じゃあ、どうすれば素直になれるのか?
素直なフリをする。
”フリ”で、いいんです。
とっかかりとして、という意味ですよ。
フリでも真似でもいい。そこに自分が引っ張られていく。
会話というのは、バランスで成り立っています。
好きじゃない相手と話をしなければならないシチュエーションはたくさん訪れます。嫌で嫌でたまりませんよね。
付き合わないのが一番ですが、それは難しい。
そんな時こそ、わたしは、極端なくらい明るくリアクションします。
オーバーアクションなくらいに。
「どうした?おまえ、今日嫌に明るいな〜。バカになったか?」
「やっぱそう見えます?ですよね〜。(^◇^)」
嫌な相手というのは、本当に嫌われる才能があるのかな?と思ってしまうほど、いとも簡単に嫌なことを言ってきますでしょう?
そういう相手と、まともに対峙していてはこちらが疲れてしまいますよね。
だからと言って、こちらまで攻撃的になると、バランスは崩れ、おかしなことになってしまう。
だから、性格の悪い相手と釣り合う人間のフリをする。そんな人間を思い浮かべて、真似てみるのもいいと思います。
そうすると、意外と、積極的になれるものです。
だって、それは、自分ではありませんから。誰かを演じている自分にすぎないのだから。
しかも、それが、自分の社交性を高める訓練にもなっている。
そういう相手には心をさらけ出す必要なんて全然なくて、まったくの別人になってしまえばいいのです。
それだけで、いままでゆっくりしか話せなかったのに、早口で話せるようになったり、言い返せなかった人が言い返せるようになったり、びっくりするくらい、いとも簡単に自分を変えられる場合もあるのです。
それも、わたしがかつて克服した方法でした。
中学生の時まで、がり勉だったわたしは、男子の間ではみんなを笑わせるようなお茶らけ小僧だったのですが、初対面の人や女の子と話をするのが、ものすごく苦手な超奥手。女の子とはほとんど口を利くことができませんでした。まあ、赤面症というやつです。
そんな自分を克服したい。
そう思って始めた演劇ではありませんでしたが、高校演劇部に入ってからわたしの性格は劇的に変わりました。
高校は進学校でしたが、入学早々、「なめられたくない」と、額に剃り込みを入れて、眉を剃って登校。一部の気合の入った本物ヤンキー以外、誰一人、そんな生徒はいなくて、「なんだあいつ?」と、変な目立ち方をしてしまいます。
「失敗した…」と、後悔しつつもずっと入りたかった演劇部に入部。先輩も同期も女子だらけ。初対面だろうが、眉毛がなかろうが、気さくにバンバン話しかけてきます。
わたしも、女の子の扱いには慣れているかのような”フリ”をして、必死に会話をし、
「中学時代はけっこうモテてたよ」
的な、態度を装ったり、いかにも、女の子慣れした男の子を演じたりしていました。
それもこれも、
「なめられたくないから」
誰も、なめてなんかいないのに。いま思うと、そんな”フリ”は女の子にバレバレだったと思います。でも、そこは、バレバレでもいいんです。相手に甘えていいんです。
自分が、その気になる。
思い込む。
ということが大事なんですから。
でも、そういった、見栄や子供っぽいプライドのおかげで、気がつけば、緊張という言葉から最も遠い場所に来ることができました。
あの時の、あのダサダサの見栄っぱりのおかげで、赤面症やあがり症が克服できたのです。
わたしは、いまでも、続けています。
インタビュー相手や取材相手と常に対等に対峙するための、
”フリ”
オーラをまとった超大物をインタビューをするときは、わたし自身も対等なんだと言い聞かせます。同じ目線で話をし、相手が意外と気さくに話をしてくださる方だったら、その気さくにわたしも合わせます。当然、軽口も叩きます。どこまでだったら大丈夫かな?と、試したりしながら。
グラビアアイドルの女の子だったら、自分も20代の頃は、あえて友達のような口の利き方をしたり。いまは、父親のような目線を大切にしていますが、当然、読者目線も意識しなければなりませんから、ファンになって前乗りで話を聞くこともあります。
”フリ”をするためには、相手の空気や間にあわせる努力が必要です。相手の情報をしっかり勉強もしなくてはなりません。
なによりも、気に入ってもらわなければ、相手に心をさらけ出してはもらえません。
素直じゃない人が、素直になろうと思ったら、”フリ”をすればいい。
そうすると、そのフリに引っ張られ、いつの間にか、素直な人間に生まれ変わっているでしょう。
ただ、”フリ”をするのも、簡単ではありません。そこには、”努力”も伴わなければならない。
なんでも、そうです。
楽をして、ただじっと時が経つのを待って、その場で待っていても、新しい自分はやってはきません。
なにをするにも、最低限の”努力”はしましょうね。
わたしの”心の毒”
いままで、いろんなことを書いてきましたが、
最後に、わたしの”心の毒”についてお話ししたいと思います。
わたしの”心の毒”は、
”劣等感”
です。
一言で、「劣等感」と言っても、たくさんありますが、
わたしがずっと抱き続けていた劣等感とは、なんだったのでしょうか?
取材能力が周囲のライターよりも劣っていると感じる劣等感。
いくら文章を書き続けていても、周囲のライターよりも下手くそだと感じる劣等感。
友人や仲間は皆、社会に貢献しているのに、自分は何一つ貢献できていないと感じる劣等感。
夫として、父親として、尊敬できるようなことを何一つできていないと感じる劣等感。
なに一つ能力のない自分が、新しいことにチャレンジしようと試みても、どうせ失敗するだろうと思い込む劣等感。
自分は私利私欲なことしか考えない低俗な人間だと感じる劣等感。
これが、わたしの人生の大半で占めてきた、わたしを苦しめてきた、自分への思い込みです。これが、わたしの中に居座り、出て行ってくれなかった”心の毒”です。
では、
これらの思いを作りだした、原因とは、いったいどこにあるのか?
わたしのトラウマとは?
子供時代に養われた”家族の中での劣等感”でした。
有名進学校の高校教師をしながら、水泳やテニスなど、スポーツ万能な父。
二つ上の兄は、そんな父に憧れ、小学生の時から水泳を父に習い、中学校での学業成績は常に3番以内。父の勤める進学校へ越境してまで進学し、部活の水泳部では県大会で優勝。大学も私立の最高学府へ進学。就職も大手銀行3行からいただいた内定をすべて断り、大手メーカーへ。
父はそんな兄から片時も離れず、英才教育に近いほどの力の入れようでした。
「長男は優れていなければならない」
と、常に兄のスケジュールで我が家は動いていました。わたしはそんな二人に必死についていこうとしましたが、まったく追いつけない。
わたしも水泳を小学生の時から父から習っていましたが、身体の大きな兄とは違い、ガリガリで水に浮きさえしない。食も細いから太れない。6年生になっても50メートルも泳げませんでした。中学校では30番前後をうろうろ。兄の通う進学校へはまったく手が届かない。自宅から歩いて15分の地元の高校へ進学します。大学も一浪して父の希望からは程遠い私立へ。就職は時代の助けもあってできたものの、その会社でも、「自分は劣っている」という思いを払拭することはできませんでした。結局、問題を起こして、退職。フリーライターという道を歩き始めますが、何年、働いても、どれだけ努力しても劣等感だけは拭えない。
高校入学以降、父がわたしに対して、なにか意見を言うとか、忠告すると言うことはまったくありませんでした。
「なにも期待されていない」
そして、
「なにも期待されないのは、生まれてこれまで、一度も父親の期待に応えてこられなかったから」
さらに、
「期待に応えようとしてこなかったわけじゃない。兄に少しでも追いつこうと頑張ってきた。でも、人間として劣っているから、能力がないから期待に応えられなかった」
兄のように水泳で追いつけないなら、せめて、大好きな演劇で兄以上の成績を出してやろう。兄は水泳で高校総体九州大会まで行きましたが、全國大会まであと一つ上の順位というところで敗退しました。父は、我が事のように悔しがった。だったら、わたしは、高校演劇で全國大会に絶対に出る。しかし、結果は、九州大会止まり。次点で全國大会にはいけませんでした。父はそのことになにも言ってはくれませんでした。
兄も父も、ものすごくお酒が強い。だから、親戚で集まっても兄はすぐに叔父さん達の輪に入れますが、わたしはお酒も弱かった。だから、いつからか、そういった宴から逃げるようになっていました。大人になって、父と兄で飲みに行くことはあっても、わたしは一度もありません。
兄は結婚してすぐに子供ができました。両親は孫ができて大喜び。しかし、わたしたち夫婦には結婚して13年間も子供ができませんでした。
そういった、わたしを苦しませる小さな一つ一つが、わたしの目の前に現れて、
「さあ、どうする?このままでいいのか?」
「このまま、おまえはこの問題を放置し続けるのか?」
と、問いかけてきても、
「とりあえず、あとで考える。どうせ、なにをやっても期待に応えられないし」
そう言って、引き出しに締まっている間に、”心の毒”に変異してしまっていたのです。
素直な気持ちになって、アドバイスをありがたく、聞ける人間になりたい。
コールタールのように心の奥で固まってしまった”毒”をゆっくりゆっくり時間をかけて、溶かしてくれたのは奥さんでした。
彼女は、
「AはA。BはB。どっちでもないなんて答えはないんだよ」
「問題は解けるか、解けないか。解けるならさっさと解きなよ。解けないことをいつまでもクヨクヨ悩んでいる暇があったら、他の問題を解いてカバーすればいいじゃん」
「辞めたいんなら、辞めていいよ。辞めてすっきりしてから次のこと、考えりゃいいじゃん」
「お金がなくなったらって、なくなってから心配しようよ。あるお金をどうするのか考えよう」
そう、わたしの耳元で時には激しく、そして、時には呆れたように、聞く耳を持たないわたしの耳元で囁き続けました。
「宏は、ずっと、お父さんに褒められたくて、ただそれだけのために生きてきたのに、褒めてもらえないから次へ進めないんだよ。わたしから見れば、宏はもう十分、親孝行したと思うよ」
前回の「嫁姑問題」に着手できたのも、奥さんのこの一言があったからに他なりません。
奥さん、ありがとねー。
そして、『冷えとり』。
『冷えとり』は、わたしを動かす、最終兵器だったのかもしれません。
気がつけば、奥さんの買ってきた靴下を履き、寒さに耐え切れず重ねばきをしていました。
たったそれだけのことなのに、気がつけば、
わたしの足の爪は醜く変貌し、身体中の痒さは止まらない。血が吹き出ても掻きまくってしまうのです。
辛いから辞めたい。
辞めたいけれど、そうはいっても、やっていることはただ靴下を重ねばきしているだけ。寒いから辞められない。たったそれだけ。
奥さんの言う通り、ただ、靴下を履いただけ。
たった、それだけ。
本当にたったのそれだけ。
でも、身体は、勝手にものすごいスピードで変化を遂げ、自分でも気持ちが悪いと実感できるほど、若く若くなっていっています。
わたしは、ただ、靴下を重ねばきしただけです。
たった、それだけのことで、身体の状態がみるみるよくなっていくのです。
なぜ、そうなれたのか?
元をただせば、いくつかの抵抗はあったものの、最終的には、わたしが奥さんの言葉を、
素直に聞いた。
からです。
「冷えとり」をやったからに他なりませんが、これは、もしかしたら、たまたまわたしにハマっただけかもしれない。
でも、その前の、
素直になる。
と、いうことは、誰しも当てハマることだと思います。
素直になって、素直にやってみた。
たった、それだけのことで、身体が激変したのです。
ちなみに、わたくし現在アラフィフです。
美容に気を配ったことは、一度もありませんが、髪はフサフサ。白髪は未だに一本もありません。
どこの美容院に行っても、美容師さんからは、
「本当にアラフィフですか?信じられない。髪の毛の太さといい艶といい、20代の男性と全然変わりません。本当になにもやってないんですか?みなさん、そう言ってもなにか必ずやられているんですよね」
確かに。正確には、「冷えとり」をやっています。
運動は歩くくらいで、他にはなにもやっていません。骨密度は125%です。
体脂肪率12パーセント。肺活量4700。20代の平均を大きく上回っています。
5年前まであったピロリ菌が、先日、胃カメラを飲んで再検査したらなぜか消えていました。
もしかしたら、
やり方にさえ、うまくハマれば、自分を変えることなんて、ものすごく簡単なことなのかもしれません。
素直な自分を見つけて、心の毒を出すために話をしましょう。
わたしもずっと、自分を変えるやり方がわかりませんでした。
問題は”心の毒”にあると思い、自分のトラウマの素となる過去にさかのぼり、そこから、自分の障害を取り除かないことには前には進めないと感じました。
その方法は、「文章を書きつづける」ということでした。
自分の経験を素に、「人様のために役に立つ文章を書く」。そのことが、結果的に、自分の”心の毒”を白日の素に晒し、外に出す力添になってくれました。
おそらく、わたしは、近いうちに完全に、
「トラウマを克服する」
でしょう。
でも、それは、何度も申し上げますが、わたしのやり方です。
すべての方に通用するやり方ではありません。
ただ、一人一人について、対応の仕方を考え、応用すれば、どなたにもお役に立てると思います。
その第一歩は、
”心をさらけ出す”
と、いうことです。
心を晒して、本心をぶつける。
そのために、
素直な気持ちになって、人と話す。
それが、、難しければ、
”フリ”でいい。
そうすると、必ず、”心の毒”は表面に現れます。白日の素に晒されるのです。それを外に出すことはそんなに難しいことではありません。
今度、一緒にやってみませんか?
(執筆者:心の冷えとりコーチ 風宏)