パワハラされる人はいつもパワハラをされてしまうし、されない人はされない。
これはいったいどういうことでしょう。
その違いはなんでしょうか?
今日の記事は派遣んから会社員になって、パワハラが悪化した私のクライアントの例をみながらその要因を探ります。
もちろん、パワハラはする側が圧倒的にいけないものですが、解決方法を知っておけば、働きやすくなるはずです。
なぜいつもパワハラをされるのでしょう?
「なぜ、いつもわたしはこうもパワハラをされてしまうのでしょう?」
それが、佐江照さんの悩みでした。
もちろん、根田見さん、氷上さんとの関係は現在進行形で、今でも佐江照さんを悩ませています。
それでも、
「社員になったのだから、我慢できるところは我慢しなきゃ。私は40代の新人なんだから」
と、自分に言い聞かせ、反論せず、考え過ぎず、自分勝手にやり過ぎないように目立たぬように気を使いながら、業務をこなしています。
部長さんからは、
「根田見さんも氷上さんも、この会社に30年もいる。会社の中という狭い世界でしか生きてこなかった女性だし、もっと女性差別が日常的にあった時代を生き抜いてきた人たちだから、佐江照さんがどうしてもちやほやされているように見えてしまう。それが気に入らないだと思う。それも最初だけでいじめにも今に飽きると思うんだ。嵐が過ぎるのをじっと我慢していれば今に全てが良くなるよ。今はおとなしくしていなさい」
唯一の頼みの部長さんは、
パワハラを”いじめ”と言い換えて、あたかも組織の問題ではなく、個人間の問題に落とし込もうとしています。
これは部長さんの立場からしてみたら当たり前のことかもしれません。
「会社にパワハラは存在しない」というのが建前ですから、
「それはパワハラです」
とは、簡単には認められません。
上司が部下に多大な時間外労働を強制すればパワハラかもしれないけれど、先輩女性社員が部下に理不尽なことをあれこれ言うのは、
「単なるいじめ。可愛がり。いびりに過ぎない」
のだと。
それに、根田見さん、氷上さんの方がこの会社にながーくいるのです。今彼女たちがいなくなれば困るのは部長さんです。入社したばかりの佐江照さんがいなくなってもほとんど困らない。
だからと言って、いじめてる二人の味方をするわけにはいかないので、板挟みになった上司から出る言葉は、
「二人には僕の方から言っておくから、今は我慢してください」
こうなるのです。
部長さんが正しいとは言わないけれど、わたしも、今は我慢するしかないと思う。
彼女が気づけてないところに気づくまで。
でも、彼女にはそんなことは言いません。その代わり、別の質問をしました。
社員として何がやりたいのですか?
「根田見さんは、この会社で何をやりたいですか?」
それに対し、彼女はこう答えました。
「やりたいことがあっても、氷上さんに邪魔をされるので、何もできない状態なんです」
「氷上さんのことは一旦忘れてください。何をやりたいですか?」
「上司に頼まれた仕事に対して言われた以上の結果を出そうと常に思っていますし、言われた以上の成果をあげる自信はあります」
「それは会社にどんな利益を生みますか?」
「それはまだ具体的にはわかりません」
「では、佐江照さんが自分からこれをやりたいという具体的な目標はありますか?」
「あることはありますが、やはりこのままでは氷上さんに邪魔をされると思います」
「なぜ邪魔をされると思いますか?」
「わたしのことが嫌いだからじゃないですかね〜」
「他には?」
「わたしに抜かれるのが嫌なんじゃないでしょうか。わたしの方が仕事ができるし」
質問を変えてみました。
「佐江照さんのやりたいことは会社にどんな利益を生むんですか?」
「どんな利益を生むのかは具体的にはわかりませんが、この会社だからできることがあるので、それをやりたいんです」
「それは会社にとってもやってほしいことなんですか?」
「どうでしょうか?まだ企画を出してないのでわかりません」
質問を変えました。
「なぜ佐江照さんは採用されたと思います?」
「おそらく長く会社にいる根田見さんや氷上さんより全然仕事ができたからだと思います」
「会社は佐江照さんに何を望んで社員採用をしたのでしょう?」
「何を望んで?・・・・・・なんでしょうね?・・・難しいな・・・」
「佐江照さんのやりたいことは、会社が佐江照さんに望んでいることと同じですか?」
「わたしのやりたいことは会社から任された仕事を一生懸命やることですから同じだと思います」
「そのやりたいことは具体的には何ですか?」
「だから、任される仕事です」
また、質問を変えました。
「佐江照さんは、この会社がどうなったら嬉しいですか?」
「・・・そんなこと考えたことないですね。・・・確かに根田見さんと氷上さんは、ものすごく会社を愛してますね。依存しているというか。それに比べたら、わたしなんか自分の利益しか考えてませんもんね。だからムカつくんだ」
「そんな佐江照さんが今、会社のためにできることは何でしょうか?」
「・・・何でしょう?よくわかりません」
「じゃあ自分のためにできることは?」
「わたしのためにできること?わたしはとにかく、仕事に没頭したいんです。人間関係のことでいちいち悩みたくないんです」
「派遣の時と、社員になって、どっちの方が仕事に没頭できましたか?」
「派遣の時の方がまだ仕事に集中できました」
「以前、働いていた会社ではどうでしたか?」
「派遣の時の方が働きやすかったですね」
「その前は?」
「アルバイトの時の方が気持ちが楽でしたね」
「それはどうしてでしょうね?どうして、派遣やアルバイトの方が働きやすくて気持ちが楽なんでしょうね?」
「責任がないから?」
「他には?」
「人間関係のしがらみがないから?」
「責任がない。人間関係のしがらみがない。他には?」
「やめたくなったらいつでもやめられるから?」
「責任がない。人間関係のしがらみがない。いつでもやめられる。他には?」
「・・・それくらいだと思います」
「他にはありませんか?もっと考えてみてください」
「そうですね。ただ言われたことをやっているだけでいいですからね。考えなくてもいいところがありますね」
「じゃあ社員はどうですか?責任は?人間関係は?いつでもやめられる?考えなくて言われたことをやっていればいい?」
「たくさんの責任が伴うし、上司はもちろん、先輩後輩の関係もできますね。納得できない命令にも従わなきゃいけない時もあるだろうし。やめたいと思っても簡単にはやめられないし。自主的にいろんなことを提案し、やっていかないといけないでしょうね。全然違うと思います」
「じゃあ、派遣から社員になる時、そういう気持ちの切り替えは、できていましたか?」
「・・・全然できていませんでした。そんな意識すらしてなかったと思います」
「派遣から社員になる時、派遣の方が楽だということを考えなかったのですか?」
「今、質問されて考えてみると、そう思っていることに気づきましたが、その時は考えませんでした」
社員という肩書きに依存しているとパワハラに遭う?
「それが、根田見さんの言った”覚悟”なのかもしれませんね」
「・・・確かに覚悟みたいなものはなかったかもしれませんね。同じ仕事なのに、社員になるだけで給料が1.5倍になるからって、そこばかり喜んでいましたから」
「そういう部分が、彼女たちには"甘え”や”依存”に見えたもかもしれませんね」
「わたしも”依存”していたということですか?」
「”社員”という肩書きに”依存”しているとわたしには感じましたよ。
”社員=楽”という思い込みに依存しているように感じました。
”社員=楽=経済的な安定” 佐江照さんは、ずっとこの部分にだけ意識が向いていたように思います。それがいつしか、依存になった。”固執”ではないですね。”依存”ですね。
”社員=社会的責任が伴う=人間関係のしがらみがある=やめたくてもすぐにはやめられない” この部分がスポンッと抜け落ちていた。どうですか?」
「・・・そうかもしれません。わたしには”覚悟”というか、そういう考え方は全くありませんでした」
「これはわたしの考え方ですが、わたしにとっては、”派遣”より”社員”の方が全然きつかった。だからわたしは社員を続けることを諦めました。今でも、その気持ちは変わりません。社員で心を病んで辞めていく人を何人も見てきましたが、フリーや派遣で心を病んだという方は少なくともわたしの周りにはいませんでしたね」
「わたしは会社員に向いてないんでしょうか?」
「どう思いますか?」
「わかりません。ただ、このままではまたいつものようにやっていけなくなると思います」
「どうしたいですか?」
「辞めたくありません。続けたいです」
「じゃあ、続けるためには何をすればいいと思いますか?」
「何をすればいいでしょう?・・・もう自分ではわからなくて。氷上さんと根田見さんの態度は相変わらずです。今の状況が好転するとはとても思えないんです。今は我慢してただただ言われたことをやって、文句を言われないように目立たないようにやっています。それでも何かにつけて理由をつけてダメ出しをされます。先輩の助言とは思えないようなひどいことも言われます。パワハラだと思いたくはありませんが、やっぱりパワハラなんです。これはきついです。社内にパワハラ相談室がありますが、相談したらすぐ本人たちに知られます。そうなると、表面的には強い当たりはなくなるかもしれませんが、最終的には居づらくなって辞めることになりそうで、怖くて言えません。入社したばかりだし、部署替えをお願いしても、叶わなかったらやはり辞めることになると思うんです。だから、本当にどうすればいいのか・・・、どうすればいいんでしょう?」
まさに、八方塞がりとは、こういう状況を言うのです。
パワハラされている人の幸せな時はいつ?
その質問に答える前に、わたしは佐江照さんにこんな質問もしてみました。
「佐江照さんは、何をしている時、どんな状態にある時が一番幸せを感じますか?」
「休日に家でのんびりと本を読んでいる時です。のんびりと本を読んで、日記ではないですけど、思ったこと、感じたことを書いたり、録画した映画を観たり」
「今、休日はどうしてますか?それ、できてますか?」
「やっていますけど、夜が近づくと気持ちが落ち込んできます。明日から仕事だと思うと楽しくなくなるんです」
「他のことをやってみようとか、思うことはありますか?」
「例えばどういうことですか?」
「運動とか、友達と会ってご飯を食べるとか?」
「運動はやってみたいとは思いません。あまり得意ではないので。友達はたまには会いますけど、一人でいたいんです」
「今、考えてどうですか?他にやってみたいこと。ありませんか?」
「でも、ピラティスか、ホットヨガとか、そういうのだったらやってみたいと思います」
「やってみたらどうですか?」
「でも、今は新しいことをやってみようという気持ちにはなれません」
「今、幸せですか?」
「幸せのはずがありませんよね」
「どうなれば幸せになれますか?」
「仕事で悩まなくなれば幸せになれると思います。仕事が順調で、休日に自分のペースで過ごせたら、絶対に幸せになれると思うんです」
「そうですね。そうなれるといいですね。じゃあ、そうなれるようにもっと何かできることはないか、考えてみましょう。その前に、わたしが思っている幸せについて話をしてもいいですか?」
「はい」
「わたしは幸せについて、常々、こう思っています・・・」
(執筆者:心の冷えとりコーチ 風宏)
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風 宏(Kaze Hiroshi)
心の冷えとりコーチ
冷えとり歴13年目。靴下6枚ばき、半身浴20分。最近お酒がやめられるように変化した2015年2月4日より、女性のための問題を解決するブログを開始。2016年9月GCS認定プロフェショナルコーチ資格取得。女性のための心の冷えとりコーチング講座も開催。