家族の冷えとり

冷えとり 家族からの抵抗2

こんにちは。

冷えとりコーディネーターの風茜です

いつもブログにご訪問いただきありがとうございます。

冷えとりをやると、家族と大もめになるときがあります。

それは毒出しが起こり、病気が表面に現れたときです。

家族があなたのことを思うあまりに、心配して起こることなのですが・・・・。

家族の中には、病名や原因を知らないと気が済まないという人が必ずいるものです。そうなると、病院に行かないで冷えとりで治そうと必死にやっていると必ず摩擦が起こり、大げんかになります。

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そんなとき、どうしたらいいんでしょうか?

 

舅、姑との冷えとりの摩擦

 

2011年のことでした。

東日本大震災が起こり、2度目の水蒸気爆発が起きた日。

「放射能の数値が高いので、子どもは一旦九州に避難させたほうがいい」

と、夫(風宏)が言い出し、私と子ども(音)は九州の彼の実家に半月滞在することになりました。

それまでは盆暮れの帰省等でも、最長で4日しか滞在したことはありません。しかもそのときはいつも夫と一緒でした。

わたしと義理の両親は、決して、仲の良い関係ではありませんでした。

 

もちろん、義両親は、冷えとりのことを知りません。

4日くらいなら、冷えとり靴下のことをなんとか隠すことができるのですが、半月となるとさすがに洗濯せざるを得ません。

そうなると、バレて何か言われることは必須です。しかも頼みの綱の夫は仕事のために東京に帰ってしまったし・・・・。

いつも摩擦があったときは、私がいくら義理の両親に正論を言っても聞いてくれないので、夫に言ってもらっていましたが、その彼がいなくなってしまうとは・・・・。

本当に困りました。

そもそも義理の両親は冷えとりをなにかの宗教だと思い込んでいて、私がだまされていると思っているのです。

いくら説明しても、西洋医学を強く信奉している義両親は冷えとりなんて信じてくれません。

 

「靴下をそんなに履くなんて、身体に悪い!」

「ダマされて、靴下をたくさん買わされているんじゃないの?」(壷ではあるまいし?)

4c8db3a05f8c6f79505500690ae72c10_s冷えとりは宗教ではありません

 

子ども(音)にも4枚靴下を重ね履きさせていました。

義母が

「音ちゃん、暑いよね〜」

靴下をすぐ脱がせて裸足にしてしまいます。

(季節は夏ではなく、春でした。春でも義両親は裸足でしたから、冷えのぼせだったのだと思います)

保育園でも裸足保育で悩まされましたが、あきらめて家では靴下を履かせていましたので、家でも脱がされてしまうのは本当に困ります。

 

脱がされたら、無言で履かす。

また脱がされる。

無言で履かす。

その繰り返しです。

 

もう一つ困ったのは、冷えとりの道具が九州の家にはないことでした。

湯たんぽ等は非難を浴びながらも買いに行きました。

「本当に寒がりなんだから!あまり食べないでやせているから寒いんだ!」

冷えとりを知らない人が言うこととしては、もっともなのですが…。

 

義両親の家のお布団は化繊でした。それも買い替えたいくらいでしたが、我慢しました。(ここで心の毒が5000倍だったと思います)

なんと、すべてのお布団が化繊なのです。ひとつも天然素材はありませんでした。

シーツには、アクリル毛布を使用し、掛け布団も肌に直接あたるところがアクリル毛布。(アクリル毛布のサンドイッチです!)

天然繊維をまったく使っていない布団です。

布団カバーもかけない不思議な布団。

冷えとりをやると化繊が気持ち悪くて仕方がありません。

触れるたびにゾッとしました。

せめて、コットンのシーツとタオルケットがあれば・・・・と何度も思いました。

cdc4502d2f8c80650572e6c1509e88f8_s寝具は天然素材が望ましいです?

 

次に、お風呂に長く入れません。

それは、この家では、長年、最後にお風呂に入るのは義母だと決まっていて、彼女は就寝時間も早いので、わたしはゆっくり入れないのです。

わたしが最後に入れば、湯をぬるくしても文句は言われまいと思って、「時間を気にせず長く入りたいので、一番最後に入りたい」と言っても、義母がそこは絶対に譲ってくれません。

(義母の習慣で最後にお風呂に入って、残り湯で洗濯をするのです。それを私が変わりにやると言っても、どうしても譲ってはもらえませんでした)

待たせるわけにもいかず、冷えとりの半身浴がまったくできませんでした。

それに夫が東京に戻ったとたん、毎日お風呂はもったいないから、2日に一度にすると宣言されてしまいました。

ますます半身浴もままなりません。

 

そして、

食べないと怒られます。

義兄がとても食べる人で巨漢でした。夫も体は小さいですが、よく食べます。

その食べ方が普通だと思っているので、あまり食べない私が理解できなかったのだと思います。

 

「食べないから、寒くて靴下をたくさん履かないと耐えられないのよ」

「だからすぐに病気するんだ。そんなにやせて。もっと食べなさい」

 

九州名産の食材が、食卓に山積みに盛られます。

最初は、食べないと悪いな…と、思って無理をして食べていましたが、やはり体調を崩してしまうことになりました。

この冷えとりができないという要因がいくつか重なって、これがきっかけで大変な病気にかかることになります。

 

 

すごい寒気

冷えとりも隠れて、こそこそやる程度だし、半身浴もできない。

食べ過ぎている。

思ったことを言えない。

そういうことが重なって、たぶん心の毒がたまってしまったのでしょう。

突然ものすごい寒気が襲ってきました。

身体の節々が痛くゾクゾクします。

熱を計ってみると、なんと38.8°度。

こんな高熱は近年出たことはありません。

 

寒い!

 

寝込みましたが、アクリル毛布でサンドイッチのお布団は気持ち悪くて仕方ありません。

全然温かくないのです。湯たんぽだけが頼りです。

ぐんぐん熱が上がり、40°度に達する勢いです。

私は寝具だけ座敷に移されました。

12畳の広い和室。暖房はストーブだけです。部屋は乾燥しきっています。

これじゃあまるで座敷牢だな…。

今回ばかりは毒出しもできていないので、医者にいかないとだめだと思い、自分から医者に行きたいと義父に申し出ました。

すると、心臓が悪い義父は自分のかかりつけの心臓内科の先生がいいからそこに連れて行くと言います。(義父は心臓疾患がありました)

私は鼻が悪く、持病もあるので、心臓内科ではなく、耳鼻科に行きたいと言いました。行きたいと言った耳鼻科は、その前の年、娘が熱を出した時に連れていったら、とっても対応が良かったところでした。しかし、義父はまったく聞く耳も持ちません。

(*鼻の持病については、「冷えとりとめんげん 病歴から探ってみよう」をご覧ください)

なぜか、風邪の症状なのに、心臓内科に行くか、行かないかで大げんか・・・・。

40°度の高熱のふらふらの私と義父とで、どこの病院に行くかの言い合いです。

 

7902738e7af71d98dc6de1860e86f0ed_sののしりあいの大げんか

 

なんで自分の行きたい病院に行くことができないの?

 

私には謎だらけです。

ついに私がキレて、耳鼻科に連れて行ってくれなければ、タクシーを呼んで自分で行くと言いました。

だめだ!と、義父。

だったら、救急車を呼ぶ!と、言いました。

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さすがにそれは近所の手前、嫌だったのでしょう。

ようやく折れて連れて行ってくれることになりましたが・・・・・。

 

 

耳鼻科

 

耳鼻科に着くと、義両親は私を置いて、娘と買い物に行ってくると言い出したのです。

義母と娘は家で待っていて、車の運転ができる義父が私を病院に連れて来ればいいのに、義母はまるで遊びに行くとでも思っているかのように、「私も行く」と車に乗り込んできたのです。

(*田舎なのでどこに行くにも車がないと移動できないということをご考慮ください。東京のように交通網は発達していません)

 

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そうなれば、娘も連れて行かないといけません。まだ小さすぎて一人でお留守番なんて無理だから。

だけど、感染防止のために座敷牢に入ったのに、狭い空間の車に一緒に乗ってもいいのだろうか?

私はうつるといけないから、マスクをしてくださいとお願いしましたが、

「マスクは顔が気持ち悪いからしたくない」

と、拒否されました。

そして混雑する待合に、

「ちょっと買い物に行ってくる」

と、いう理由で、わたし一人、病院に置き去りにされました。

 

?????

どうやら楽しいことが目の前にあるとそれが優先されてしまうようです・・・・・

誰も付き添ってはくれない?

40°度も熱があるのに?

座っているだけで記憶が飛びそうなのに?

 

どうやら、感染したくないために、付き添いをしたくなかったようです。

それと、義母は自分で決断できない人なので、自分が付き添うなんてことは避けたかったようです。

ここまで徹底して、どうでもいい扱いをされると、本当にどうでもよくなって、1時間後に来てもらうことにして、ふらふらの身体でなんとか持ちこたえながら、混雑した待ち合い室で30分待って、私はようやく耳鼻科で診てもらえることになりました。

「インフルエンザA型です」

女医の先生が言いました。

「あれ?予防接種を受けているのに感染するなんておかしいな?」

私がそう言うと、

「予防接種は半年くらいしか効力がないから、ちょうど効果がキレてしまったころだと思いますよ。熱が高いから、インフルエンザの新薬を出しておきましょう。付き添いの方は?」

「いません」

私はかくかくしかじかとその理由を話しました。

女医の先生はあきれていました。

「九州は女性の地位が低いからね〜。私も岡山からきたんだけど、本当にひどかったわ〜」

同情してくれました。

私が一刻でも東京に早く帰りたい、それが無理なら入院させてほしいと懇願しましたが、この状態では帰省はまず無理だし、インフルエンザで入院ということはできないと言われてしまいました。

だったら早く熱を下げて帰省した方がいいと診断され、いろいろな話しを考慮して、栄養剤と抗生物質の入った点滴を1時間くらい打ってもらいました。

菌の感染の様子を知るのに、血液検査もしてもらいました。

すでに病院にきて、1時間10分経過しています。

それでも、1時間後に迎えにくると言っていた義両親は迎えにきてくれなかったのです。

高熱をおしながら、一人で会計を済ませ、薬局で薬をもらい、病院の外にしゃがんで義両親を待ちました。

そこから1時間くらい経って、ようやく3人を乗せた車が到着しました。

私は高熱のまま、春だというのにまだ寒風吹きすさぶ中に外で待たされていたのです。

インフルエンザも悪化しますよね?

しゃがみこんでいる私をみて、義両親が最初に言った言葉を私は生涯忘れることができません。

「音ちゃんがパンを食べたいと言うから、みんなで昼食をとっていたらおそくなった・・・」

遅れて待たせたことへの謝罪もなしに、5歳の子どものせいにするのです。

音はきちんと言えばわかる子どもです。ママが病院にいるから帰ろうと言えば、従う子どもです。

 

病人がいるのに、目の前の楽しいことを優先するなんて!

5歳の子どものせいにするなんて!

しかも病人を置き去りにするなんて!

 

この人たちに何を言っても仕方ない・・・・。

私はそう思って、何も言いませんでした。

心の毒はマックスです。

この人たちを前にわたしは心を穏やかに保ってなどいられませんでした。

家に戻って、また座敷に閉じ込められました。

冷えとりもできない状態だし、心の毒はどんどんたまる一方だし、今回ばかりは薬を飲むしかありません。

そう思って、あきらめて薬を飲みました。

しかし、本当にアクリル毛布のサンドイッチでは汗も吸ってくれなくて、気持ち悪くて仕方がありませんでした。

このまったく気持ちが悪い感じは、ここからもまだまだ続くのでした。

 

つづく

 

冷えとり 家族からの抵抗2のポイント

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1 

冷えとりはがちがちにやらない。

家族が心配するのなら、病院に素直に行きましょう。

たとえ、薬を飲んでしまっても、また毒出しできます。

2 

冷えとりを理解できない人にわからせようと思わないこと。

強く勧めると逃げられます。

楽しい様子を見せて、自分もやってみようかという気持ちになってもらえれば、冷えとりすることが自然とでます。

3 

冷えとりによるめんげん(好転反応)は、その人のレベルによって現れます。

出てきためんげんは必ず乗り越えられるはずです。