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心と体の冷えとり_働く女性の悩み、主婦の問題、ママ友、嫁姑とのトラブルを解決する話  by風宏(心の冷えとり)&風茜(体の冷えとり)

膀胱炎

冷えとり 家族からの抵抗4

投稿日:2017年5月14日 更新日:


こんにちは。

冷えとり歴8年生の風茜です

いつもブログにご訪問いただきありがとうございます。

 

さて、前回までのお話は、東日本大震災の放射能を避けるために、子どもを連れて、九州の義理の両親宅に滞在していた私が、インフルエンザA型に感染してしまいました。慣れない場所で、西洋医学を信奉する舅姑の考えのもとに、冷えとりを思うままにできなかったことが感染した要因だったと私は思っています。

(*詳しくは「冷えとり 家族からの抵抗2」「冷えとり 家族からの抵抗3」をご覧くださいませ。)

 

私も夫(風宏)も実家は一軒家です。

その一軒家を出て、もう数十年。

すっかり密閉生の高いマンション暮らしに慣れてしまって、冬に帰省の折に泊まる実家は本当に寒く感じます。

いくら暖房をつけても、顔だけがぽっぽっと熱く、足元は寒いのです。

一軒家はすきま風もひゅうひゅうと入ってきます。

冷えとりをするようになって、だいぶ寒さも感じなくはなってきましたが、その冷えとりができる環境にいないと寒さは本当にこたえます・・・・。

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夫(風宏)を説得

 

インフルエンザから5日経って、耳鼻科に再診に行き、あと一週間は体力回復のために九州に滞在した方がいいと忠告を受けましたが、私はもう一刻でも早く東京に帰りたい一心でした。

東京に帰るためには、まず夫を説得しなければなりません。

2011年4月、地震や格納器爆発から一ヶ月近く経ちましたが、まだ放射能の数値は高く、せっかく放射能を避けて九州に滞在しているのなら、まだ続けたほうがいいことは私にも理解できます。

しかし、これ以上はもう我慢できません。

このままでは心の毒がどんどんたまって、もっとすごい毒が出てくる!

早く帰って、冷えとりで毒出ししたい!!!

このままここにいると死ぬかもしれない・・・・

気持ちははやるばかりです。

それに、

冷えとりをやっていれば、放射能の毒もいずれは毒出しで出て行くんじゃないか?

だったら、東京に戻って普通に生活したって大丈夫じゃないの?

という考えも頭をよぎります。

とにかく、帰ることを前提に夫に電話しました。

まず、インフルエンザにかかって置き去りにされたことを話します。

夫はさもありなんという調子です。

というのは、14年前に夫が脳腫瘍にかかったときに昼の介護をお願いした際にも、同じことをすでに経験済だったからです。(この当時はまだ冷えとりはやっていませんでした)

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夫は脳腫瘍の術後、頭をボルトで固定され、尿道に管をつけられて、寝たきりで一週間を過ごさなければなりませんでした。

朝は看護師の方が介護して食べさせてくれましたが、昼と夕ご飯の介護は家族が絶対しなくてはなりませんでした。

九州から上京して、夫の手術に立ち会った義両親は、ある日の昼の介護をやると申し出てくれました。

私も助かるのでお願いしましたが、その約束した日の昼に義両親は来なかったそうです。

夕方くらいに私が病院に行くと、夫が「今日は誰も来なかったので昼を食べられなかった」と言います。

来なかった理由を義理両親に聞くと、そのときに滞在していた義兄の家で孫と遊んでいて、孫がまだ遊びたいと引き止めるので行けなかったと言われました。(このときも、孫を引き合いに出しました)

ということをすでに経験済みでした。

当時は私も冷えとりをしていなかったので、いまほどは温和ではなく、烈火のごとく怒りました。

この脳腫瘍事件以来、私は義両親とのおつきあいを改めました。

夫はそのときには、私に折れて義両親とうまくやってほしいと何度も懇願してきましたが、私にはこの事件はとうてい許せるものではなく、無理な話しでした。

病院で大手術を受けたひん死の息子よりも、孫を優先するということがどうしても理解できなかったからです。

しかも最愛の息子ではないですか?

そのときの来京の目的は息子の手術だったはずです・・・。

九州では次男の地位も低いのでしょうか?(「低いよ」と、夫談)

これ以上、私が我慢すると取り返しがつかなくなることがわかっていましたので、おつきあいを控えさせていただくことに決めました。

夫にも宣言しました。

 

それから、間もなくたって、子ども(音)が生まれました。

すると、もう九州には帰省しなくてもいいと言っていた夫が手のひらを返したように、

音ちゃんのために義理の両親と仲良くしてほしい

と言ってきたのです。

それは約束が違うし、理解できないからと断ると、

「じいじやばあばと仲の悪いままでは音ちゃんがかわいそうだ」と言うのです。

やはり、子どものためと言われると仕方がないと思ってしまい、それから努力して帰省などをするようになって、意見があるときは夫に言ってもらう等して、つきあいを再開したところ、今回の病院置き去り事件が起こりました。

やはり、なにも変わっていなかった・・・・。

改めてそういうことがわかってしまいました。

それにしても、夫はすごいと思います。

脳腫瘍という異例の状況で、あんなにひどい目に遭わされたのに両親のことを許していたのですから、彼のほうが大人だと思います。(「それが普通だよ。血の繋がった親子だもん」(夫談)」)

私にはなかなかそこまではできそうもありません。嫁舅姑の関係だし。(「それが普通だよ。血繋がってないもん(夫談)」)

その当時は冷えとりもやっていませんでしたから、なかなか心が穏やかではいられませんでした。

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家族は仲良く、が理想

 

「40度の熱があるのに病院に置き去りにされ、つきそいもしてもらえなく、もうろうとしたまま、点滴を受けて、耳鼻科に置き去りにされた」

ことを夫に話しました。最初はまったく信じてくれなくて、

「まさか?病院に行ったときにたまたま急な用があって、致し方なく病院に置いてけぼりになったのではないか?いくらなんでも…、ねえ」

と言ってきました。

人は認めたくない出来事にあったとき、必ずそういうふうに否定してきます。

そうだったらまだ良かったかもしれません・・・。

「それを音ちゃんがパンを食べたいと引き止めたから、と言い訳した」

と告げると、さすがの夫も何も言えなくなりました。

「このままだと私が参ってしまう・・・・

だから、東京に帰る!」

と強く主張しました。

まだ放射能の数値は高かったのですが、これ以上ここにいると私は死んでしまうと強く何度も何度も夫に言いました。

◯座敷に隔離されたこと

◯耳鼻科に行きたかったのに連れて行ってもらえず、言い合いになったこと

◯病気のときにそういうことで言い合いになるのは耐え難いということ

そういうことをすべて夫に話しました。

いつもは夫は自然と私を自分の思うようにコントロールするように仕向けるのですが、今度ばかりは私も言うことを聞けませんでした。

そして、夫もまさかそこまではひどいとは思ってはいなかったようで、さすがにいろいろなことを聞かされて、ただただ、驚いていました。

やはり、義理の両親は、夫の前での私に対する対応といないところでの対応は180度も違っていたのです。

4月中旬には少しは放射能の数値も悪くはなくなってきていたので、夫もようやく折れてくれました。

そして、私は晴れて東京に帰れることになったのです!

帰って一刻でも早くたまってしまった毒を出さないと・・・・

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おまけ トイレ事件

 

そうとなったら、もうすぐに帰る準備です。

荷物を梱包して、飛行機を手配して、帰る準備を整えました。

九州の家から空港まで車で1時間かかります。

音ちゃんは、トイレに行けなくなるとわかるとトイレに行きたくなる人で、家の車に乗っているときは,トイレに行きたいと言えば、夫が車を停めてトイレに行けるという環境に慣れてしまっています。

ですが、ここは九州・・・・。

「音ちゃん、トイレにしばらく行けないからトイレしておいてね」

家を出る前にもトイレをきちんとしました。

でも、車で走行中にいつものように、

「トイレ」と主張します。

私もそんな夫のやり方に慣れているので、いつものように、

「すみません、音がトイレに行きたいと言っているので、停まってください」

と義父にお願いしました。

すると、義父はこの道には空港までトイレはないとの一点張りです。

(いや、コンビニとかにはトイレはあるけど・・・・)という気持ちをぐっとこらえました。

音ちゃんには、もうすぐ空港に着くからそれまで我慢できるか聞いてみました。

音ちゃんも空気を察したのか、我慢すると言ってくれました。

しかし、だんだん音ちゃんの顔色が青くなってきたのを見て、

「そのコンビニに停めてください!!!」と言って、強行に車を停めさせました。

そしてコンビニでトイレが終わって、音ちゃんがほっとした顔で、

「あ〜良かった。音ちゃん、おしっこ漏れるかと思ったよ」と言いました。

身体からでるものは、どんなものも我慢してはいけないのです。

それからまた車で30分乗って空港に着きました。

たぶん、時間的にも空港まで我慢はできなかったことでしょう。

飛行機の時間までそんなにあせる時間でもありませんでした。

どうしてトイレに寄ってくれなかったのかも理解できません。

何から何まで理解不明でした。

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そして、別れを告げ、飛行機に乗ると、なんと音ちゃんはおしっこを極限まで我慢したために膀胱炎になってしまったらしく、飛行機の中で何度も何度もトイレに行きました。

生まれて初めて、トイレに行けないという恐怖に初めて遭遇したのです。

恐怖におびえる=腎臓の毒

まさにその毒が膀胱炎になって現れたようです。

子どもはすぐに毒がでるのですごいと思います。

最後には着陸体制に入り、シートベルトをつけていなければならないときにも、

「おしっこ!!」

トイレに走り、キャビンアテンダントさんを困惑させてしまいました。

よほどトイレに行けなかったことがトラウマになったようです。

飛行機が東京に到着して、夫が車で迎えにきてくれたのをみて、本当に心から安心しました。

音ちゃんも飛行機から降りて、すぐにまたトイレに行きました。

そして、帰路でも「おしっこ」と言えば、車を停めてもらえます。

 

◯ここでは、好きなときにトイレにも行ける

◯冷えとりもできる

◯半身浴もできる

◯苦しくても無理して食べなくてもいい

◯天然素材の布団でぐっすりと眠ることもできる

 

そして座敷に閉じ込められることもありません。

なぜなら、冷えとりをきちんとしていれば、家族にインフルエンザがでたとしても、感染することはないからです。

この事件をきっかけに私は冷えとりのありがたさを身にもって感じることができました。

そして、冷えとりに無理解な人とはどうしても越えられない壁があることもわかりました。

そういうときには、他人からどう思われるのかを軸におくのではなく、自分がどうしたいのかということを根本に考えるのが大事だということも経験しました。

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自分軸で考える

 

次回は、この経験をもとに夫の考え方の違いから起こった大げんかについて書きます。

つづく

 

冷えとり 家族からの抵抗4のポイント

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1 

いやなことは我慢しない。心の毒がたまります。

他人の評価より、自分の気持ちを優先しましょう。

他人は自分ではありません。自分の気持ちは自分で責任を持ちましょう。

2 

生理現象は我慢してはいけません。身体からでるものはすべて出しましょう!

3 

子どもは心の毒が大人に比べて少ないので、すぐに毒が身体に出てきます。

昼間甘いものを食べ過ぎると、その次の日に猛烈に目やにが

でたりします(食べ過ぎの毒)

子どものように素直な人ほど、毒は早く出るようです。

 

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風茜のプロフィール

冷えとりコーディネーター。
大学卒業後、美術館学芸員を経て、不況、夫の大病のため、転職を8回経験する。仕事のストレスから体が冷え切っていて、ようやく30代後半で妊娠するも、冷えのため切迫早産しそうになる。子供のアトピーをきっかけに冷えとり健康法を知り、靴下2枚ばきから始める。ずっと体が弱く、入院、手術を繰り返していたが、冷えとりで体質が改善されて、健康を取り戻した。現在冷えとり歴10年目。どんどん体の毒出しが起こり、体の冷えがとれて思う通りの幸せな毎日を送ることができるようになった。現在、靴下8枚ばき、半身浴2時間、1年中湯たんぽをいれ、腹7分を心がけている。アラフィフを機に、冷えとりコーディネーターとして、冷えとりと人との間をつなぐ仕事をしたいと活動を決意。2015年6月より冷えとりブログを開始。