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心と体の冷えとり_働く女性の悩み、主婦の問題、ママ友、嫁姑とのトラブルを解決する話  by風宏(心の冷えとり)&風茜(体の冷えとり)

05-23育児 コミュニケーションスクール

子育て論10 〜親のあるべき姿〜

投稿日:2016年12月10日 更新日:


子供に陰口を決して叩かない

 

奥さんは、わたしがいないところで、音にわたしの悪口を決して言いません

 

わたしは、奥さんのいないところで、音に奥さんの悪口を決して言いません。

 

それは、

夫婦でそうしようと決めたからです。

 

理由は、

父親を尊敬できない子供に仕立て上げる権利が母親にはないからです。

母親を尊敬できない子供に仕立て上げる権利が父親にはないからです。

尊敬できる父親なのか、母親なのか、考えて、決めるのは子供の権利です。

その権利を奪う権利は親にはないのです!

 

妻にとって「酒好きのダメな夫」かもしれないけれど、子供にとっては、優しくていつも陽気で楽しい尊敬できる父親なのかもしれない。

妻にとっての夫の評価 ≠ 子供にとっての父親の評価

夫にとって「料理下手で不器用でダメな妻」なのかもしれないけれど、子供にとっては、いつでも穏やかで一生懸命で太陽のように明るい尊敬できる母親なのかもしれません。

夫にとっての妻の評価 ≠ 子供にとっての母親の評価

 

あなたには見えていない良いところが、子供には見えているかもしれないからです

 

だから、子供の純粋な目に、フィルターを被せないでください。

自分の価値観を、押し付けないでください。

 

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夫婦の問題に子供を巻き込まない

 

 

父親の悪口を聞かされて育つと、父親が悪者と刷り込まれる

 

奥さんは、子供のころ、ずーっと母親から父親の悪口を聞かされて育ちました。

物心ついたころには夫婦間には埋めることのできない亀裂が生じていました。

「男の子を産めなかったわたしのことを軽蔑している」

と、いうのが、奥さんがお母さんから聞かされた最初の理由でした。

たしかに、彼女の父親の口癖は、

「おまえたちが男だったらな〜」

だったので、その通りだったのかもしれませんが、奥さんは、常に母親から夫への恨み節を聞かされて育ったのです。

奥さんの父親は大手新聞社に定年まで勤め上げた人だったので、外的にはエリートサラリーマンに見えましたが、家の中ではお酒を飲んでは暴れるような人でした。妻を奴隷のように扱い、奥さんと妹の姉妹は存在しないものとして扱われていました。

その証拠に、父親は、何年経っても子供たちの誕生日すら覚えておらず、ひどいときには妹の名前を忘れるなんてことが本当にあったような人でした。

妹に難病と指定されている腫瘍ができて手術をするという日と、同僚とハワイへ遊びに行く日が重なったときでも、ハワイを優先するような父親です。

 

それでも、子供は、少しでも…、ほんの少しでも親の愛情が受けられるのであればと、両親の喜ぶことをしようとします。

父親の趣味はお酒と読書だけでしたから、奥さんにとって読書だけが父親との唯一の共通点でした。

奥さんが、

「本がほしい」

と、言うと、父親はめったに見せない笑顔で、

「本を読むのはとってもいいことなんだぞ」

そう言って、財布からお金を出して渡してくれました。

そんな一瞬の笑顔を見るだけでも奥さんは喜びを感じていました。

母親は、酒に酔った父親が暴力を振るうのが嫌で、父親が帰ってくると父親がいない場所に逃げ込みました。奥さんも妹もそれぞれの部屋に逃げます。

ですから、奥さんの子ども時代には、家族の団らんなんてものは、存在しなかったそうです。

母親は、父親にも言うべきことは言っていましたが、お酒が入ると手がつけられなくなり、暴力を振るわれておしまいとなることがほとんどだったので、だんだん言うのも無駄と思うようになり、父親には意見を言わなくなりました。

その分、そのうっぷんを奥さんや妹に言うのです。

父親が不在のときは、母親が、ダラダラと父親の悪口を奥さんに囁くのです。そして、最後には、

「私に経済力があったら、すぐにでも離婚するのに。離婚しないのは片親になると、あなたたちが苦労するから私はあなたたちのために離婚ができないの。こんな生活を我慢しているのはあなたたちのせいなのよ。あなたも自分の力で生きていけるように今からしっかり勉強しなさい。そうしたら、こんなことに我慢をしなくてもいいのだから」

1日に一度は必ず、この言葉を聞かされていたそうです。

奥さんがたまに、

「もうわたしにお父さんの悪口を言うのはやめて!」

そう母親に抗議すると、

「じゃあ誰がいったい私の気持ちを聞いてくれるの!!! それぐらい聞いてくれたっていいじゃない!!! 私はあなたたちが大きくなって、私の話しを聞いてくれるのだけを糧に生きてきたんだから!!!」

そう言ってヒステリックに泣き出すので、仕方なく聞いてあげていたそうです。

 

高校生になると、酒に酔って帰ってきた父親が暴れだし、母親に暴力を振るおうとすると、奥さんが立ちはだかり、父親と取っ組み合いの喧嘩になるというのが当たり前の光景になりました。

大学生になって、わたしと付き合うようになってからも、それは続きました。奥さんから電話がきて、

「父親が暴れているから助けてほしい」

わたしが駆けつけると、頰を腫らした奥さんがいて、わたしを見るなりシュンと大人しくなり、

「いやあ〜風くんにみっともない姿を見せちゃったな〜」

そう言いながら照れ笑いを浮かべて全てをごまかそうとする義父がいる。

義父は、家族以外の第三者の前では本当に大人しい穏やかな人だったのです。

結婚してから奥さんが家を出て、たまに訪ねていくと、義父はほとんど口をきかないほど無口な人で、お酒を飲むと、気持ちが大きくなってお酒をわたしに強要するようなことがありましたが、わたしのほうがお酒が強かったものだから、すぐに酔いつぶれてしまいます。

 

わたしには、ただの弱いおじさんにしか見えませんでした。

この人は、本当に奥さんや子供のことが嫌いなのだろうか…。

ただただ、愛情表現の苦手な人なんじゃないか……。

そう同情する気持ちもありましたが、彼が母親や奥さんにやってきたことは許されることではありません。

 

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「わたしの愚痴聞いてくれる?」「やだ」

 

子供のころの刷り込みは簡単には解けない

 

わたしと出会ったころの奥さんは、

「わたしは一生結婚しないから」

と、いうのが口癖でした。

付き合って2年、3年経っても、

「わたし、結婚する気ないからね」

いつもそう言って、わたしをけん制していました。

「ぼくは君の父親のような男じゃないよ」

そう言っても、

「でも、男はみんなああいうふうになるって母が言ってたし」

「でも、ぼくの父はああいうふうにはなってないよ。お酒に酔っても暴力はふるわないよ」

そう言っても、

「それは宏の家が特別なんだよ。ただ、仲の良いふりをしてるだけかもしれないんだよ」

奥さんは、必死にうまくいかない理由を探している感じでした。

母親から言われ続けた、

「夫婦がいつまでも仲が良いなんてことはない」

「妻が主婦だと、夫は必ず『俺が稼いだお金で生活させてやっているんだ』と言う」

「結婚したら男は給料を全部使ってしまう」

「結婚したら男は女を奴隷のように扱う」

「娘は子供として認めてもらえない」

それらの言葉に、自分の気持ちを無理やり近づけよう近づけようとするように…。

「もしかして、違うかも…。本当に優しい男性もいるのかも…」

そう思いたい気持ちに必死に抵抗するように…。

 

「宏と結婚するのかも…」

そういう思いが芽生え始めると、そのタイミングを見計らったように、必ず、母親がこう言ったそうです。

「宏さんもいまは優しいだろうけど、いつか必ず変わるから。絶対にあなたが苦労するようになる、だから、結婚はやめときなさい。一人で経済力を持って自由に生きるほうがいい。それに、あなたがこの家から出て行ったら誰がわたしとあなたの妹を守ってくれるの?!」

 

わたしの両親と会って

 

わたしの両親は普通の夫婦です。特別、仲が良すぎるってわけでもないし、喧嘩もしょっちゅうします。わたしの見ている前で父が母を殴ったことも何度かあります。

でも、基本的には仲のよい夫婦です。

結婚して、奥さんが初めてわたしの実家で何日か過ごしたときのことです。

奥さんは、こんなことをわたしに聞いてきたのです。

「お父さんとお母さん、わたしがいるから仲がいい演技をしているの?」

「えっ?どういうこと?」

「なんか、芝居がかっているというか…、あれ、普段通りの会話?」

「そうだけど」

「なんか気持ち悪い。あんなに夫婦がずっと話をしているなんて。宏が子供のころからずっと変わらないの?」

「変わらないよ。あれが彼らの普通だよ」

「そうか〜。両親があんなに話をしているの見たことないからさ。わたしの家では、誰かが来たら仲のいい夫婦を演じて笑いながら話してたから。両親が笑いながら話をしている姿って、第三者がいないと見たことないから、気持ち悪くて嫌いだった」

「うちも普通の家庭なの?と、聞かれたら普通かどうかなんてわからないよ。だって、ずっとあの人たちに育てられたからね。自分の親が普通と思うのは、子供として当たり前だから。だから、あなたの感覚は決して間違ってないんだよ。ただ、普通とはちょっと違っていたってだけで。でも、そのちょっとが、大きいんだけどね。人生の基礎が築かれた場所だからね」

 

我が家の常識、世間の非常識

と、いうやつです。でも、子供にとっては、やっぱり、

我が家が常識

なんですよ。

 

結婚してから、年月を重ねていくうちに、少しづつですが、奥さんの考えも変わっていきました。

「母親が言っていたことがすべて真実とは限らないかもしれない」

「もしかして、父親は、本当はわたしたち姉妹のことが好きだったのかもしれない」

「どう接していいのかわからなかっただけなのかもしれない」

「わたし自身、父親に対して、本当はどう思っていたのだろう?」

「わたし自身、父親の言葉を素直に聞いたことがあっただろうか?」

「わたしは、母親から刷り込まれた父親の情報を鵜呑みにしていただけなのだろうか?」

 

次から次へと、疑問が湧いてきたのです。

その疑問を、ひとつひとつ解決することはできないけれど、

「こういう可能性は考えられない?」「こういう考え方もできると思うよ」「父親の立場に立ってみれば理解できるかもしれないよ」

そういう会話を二人で続けていくうちに、万年雪が長い時間をかけて溶けていくように、奥さんの氷結した考え方に、流れという変化が見えてくるようになったのです。

 

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映画「ディープインパクト」のワンシーン。長年いがみ合ってきた父と娘が和解する。

 

子供をつくる決心

 

そもそも、結婚するときに子供をつくらないと決めたのは、奥さんでした。

わたしとの結婚生活で、

「われわれは奥さんの両親のような仮面夫婦にはならない」

と、いうことを時間をかけて理解してくれた奥さんですが、子供をつくるとなると、

「子供が自分のような不幸な環境に置かれるかもしれない」

と、いう強迫観念が今度は彼女の心を支配しました。

彼女は、自分が父親に似ていると思い込んでいました。それも、母親の影響です。

「あなたはお父さんにそっくり!!! 自分勝手で自分のことしか考えない!!! いつも私たちがあなたの犠牲になる!!!お父さんのしていることと同じことをしている!!!」

いつも母親からそう言われて育った彼女は、そう思い込み、そんな自分のことをずっと嫌って育ちました。

「だから、自分が親になったら、子供に母と同じことを言うかもしれないし、子供を好きになれないかもしれない」

それに対して、わたしも説得する材料を持っていませんでした。

わたし自身も子供を育てる自身がありませんでしたから。

 

結局、子供をつくるきっかけになったのは、わたしの病気でしたが(”高齢出産”妊婦さんの苦悩1)、

子供が出来てからも、

「わたしは本当にこの子を育てられるのだろうか?」

「この子を好きになれるのだろうか?」

「どう接したらいいのだろう?」

ずっと、悩み続けていました。

いま、娘は11歳。

結局のところ、奥さんの杞憂は杞憂で終わり、いまではかなり立派な、愛情たっぷりの肝っ玉母さんになりましたが、

母親からの刷り込みが解けるまでに、わたしとの出会いから28年の歳月がかかったことになります。

 

尊敬できる両親

 

娘ができたとき、奥さんが言っていた言葉を思い出します。

「両親を尊敬できない子供はとってもかわいそうだと思う」

 

「わたしはいつも母親から父親の悪口を聞かされていた。だから、父親のことは最初から嫌いだったし、いつも父親の悪口ばかり言う母親を尊敬なんてできるはずなかった」

だから、わたしたちの子供には、そんな姿を見せたくない」

それに対してわたしは、

だからといって、嘘の姿を見せるのはよくないよね。怒っているのに怒ってないふりをするなんてことをしても、子供には簡単に見破られると思うんだ」

「だから、喧嘩はするよ。言いたいことがあったら子供の前だろうと、ちゃんと言う。わたしが言いたいのは、陰口を子供に言うのはやめようってこと」

 

たとえば、

父親が子供の前で母親の悪口を言う。こんな風に、

「なんでお母さんはいっつもガミガミ言うんだ!一度言ったらわかるよ。少しは黙ってろよ!」

それに対して、母親はこう反論するでしょう。

「あなたが一度だけじゃ理解してくれないから何度も言うんでしょうよ!わたしだって言いたくないわよ!言われたくなかったらちゃんとしてよ!」

子供はその状況をしっかり観察しています。決して心地よい景色ではありませんが、どちらが正しいか、どっちの味方をするか、それは子供自身が考えます。

でも、これを、母親のいないところで父親が子供に同じことを言ったとします。

「なんでお母さんはいっつもガミガミ言うんだ!一度言ったらわかるよ。少しは黙ってろよ!そう思わない?

と、いう余計な一言が必ずついてきます。

そう聞かれると、子供はそう思っていなくても、

「そう思う」

と、答えます。

それが、刷り込みなのです。

「お父さんが一度だけじゃ理解してくれないから何度も言うんでしょうよ!わたしだって言いたくないわよ!言われたくなかったらちゃんとしてよ!ねえ?」

お母さんにそう聞かれたら、

「うん」

そう答えます。それが子供ですし、子供は簡単に刷り込まれてしまいます。

その刷り込みによって、父親像、母親像ができあがってしまうって、

とっても不幸だと思いませんか?

仮面夫婦以前に、

親が子供に仮面を被せているのですから。

 

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映画「エデンの東」父と息子の愛憎を描いた秀作

 

子供の前で、夫、妻の良いところ、悪いところを正直に言う

 

だから、

言いたいことは子供の前であろうとなかろうと、本人に言う。

と、いう姿勢が大事なのです。

本人に言わず、陰口を子供に言うから、話がややこしくなるのです。

 

本人にはっきりと言えないことは、子供にも言わない。

 

こんなこと、字にすると当たり前のことですが、この当たり前のことができないのが、大人なんです。

わたしたちは、普段、当たり前のように本音と建前を使い分けて生活をしています。

むしろ、真実だけを口にして生きる方が難しい。

だからこそ、

子供の前では、本音で語ろうではありませんか!

 

わたしは、奥さんによく叱られます。

「脱いだら脱ぎっぱなし!洗濯機へ持っていく!」

「はい。ごめんなさい」

「読んだ本は片付ける!」

「はい。すぐやります!」

そんな二人の姿を見て、音は、うれしそうにわたしを見て笑っています。そして、

「パパ、怒られたね」

と、仲間意識を強くします。そして、わたしは音にこう言います。

「ママの言っていることは一々正しいからね〜」

すると、音は、しみじみ、

「そうだね〜。ママには勝てないね〜」

でも、奥さんは、音ちゃんと二人きりの時は、

「いかにパパがすごい人なのか」

を、語って聞かせてくれているようです。

それは、わたしも同じ。

 

両親は、子供にとって、尊敬できる人でなければなりません。

 

その理由は、

尊敬できる両親のもとで育った子供は精神が安定するから。

 

「尊敬できる」

とは、立派な職業についているからではありません。

お友達に自慢できるような家庭環境だからではありません。

 

子供にとって、常に正しい。

その正しさがブレないから、尊敬できるのです。

 

子供にとって、親のあるべき姿とは、

ブレないこと

だと、

わたしは思います。

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映画「ペーパームーン」父と娘の”親子の常識、世間の非常識”を描いた名作!

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風茜のプロフィール


風茜のプロフィール

冷えとりコーディネーター。
大学卒業後、美術館学芸員を経て、不況、夫の大病のため、転職を8回経験する。仕事のストレスから体が冷え切っていて、ようやく30代後半で妊娠するも、冷えのため切迫早産しそうになる。子供のアトピーをきっかけに冷えとり健康法を知り、靴下2枚ばきから始める。ずっと体が弱く、入院、手術を繰り返していたが、冷えとりで体質が改善されて、健康を取り戻した。現在冷えとり歴10年目。どんどん体の毒出しが起こり、体の冷えがとれて思う通りの幸せな毎日を送ることができるようになった。現在、靴下8枚ばき、半身浴2時間、1年中湯たんぽをいれ、腹7分を心がけている。アラフィフを機に、冷えとりコーディネーターとして、冷えとりと人との間をつなぐ仕事をしたいと活動を決意。2015年6月より冷えとりブログを開始。