レスキュー女子es

心と体の冷えとり_働く女性の悩み、主婦の問題、ママ友、嫁姑とのトラブルを解決する話  by風宏(心の冷えとり)&風茜(体の冷えとり)

05-01パワハラ 05-06いじめ 05心の冷えとり

社員を追い込むパワハラの実態4「わたし(フリーですが)の場合2」〜こんなわたしですら克服できた〜

投稿日:2015年6月30日 更新日:


もう、逃げない

 

その日、わたしは一睡もしませんでした。

わたしは、Aさんを殴ってしまったようです。「ようです」なのは、言い訳でもなんでもなく、本当に記憶にないのです。いま、思い出すのは、わたしが先輩たちに羽交い締めにされて、Aさんが尻餅をついて倒れていた光景で、それ以前の記憶が飛んでいます。

でも、トラブルを起こして、わたしが皆に迷惑をかけたことだけは確かでした。

前にも書きましたが、

どんな理由があれ、手を先に出したほうが悪い。

これは、間違いありません。子供の喧嘩ではありません。企業に勤める社会人です。

暴力を振るったら、責任を取らなければならない。

一睡もせずに考えました。そして、決意したのです。

辞めよう。

でも、犯した罪のけじめはつけなければなりません。

わたしは、翌朝、7時に出社し、オフィスの掃除を始めました。床を拭き掃除し、社員全員の机の上の拭き掃除をし、固定電話一台一台、丁寧にフキンで拭きました。

わたしにできる皆へのお詫びは何か?

入社してすぐ、役員の方がこんなことを言っていました。「机と電話は毎日、きちんときれいにしないといけない」

その言葉を思い出しのたのです。新人の時の気持ちになって…。

こんなことしか思いつかなかったのです。

そして、Aさんが出社してくるのを待ちました。一人一人、出社してきた上司や先輩、同僚を出迎え、頭を下げ謝罪して回りました。皆、なぜか、

「えっ?ああ、いいよいいよ別に…」「うんうん、わかったわかった」

計ったように、腫れ物に触るような態度です。少しは期待したのですが、笑い飛ばしてくれる人は一人もいませんでした。それくらい、昨日のわたしは醜かったということだし、やっぱり、わたしの(笑い飛ばしてくれるかも)という考えは甘いということです。

出社時間ギリギリに現れたAさんは、立って待ち構えるわたしを見向きもせずに、席につきました。わたしはその背中を追いかけ、

「Aさん、昨日は申し訳ありませんでした。とんでもないことをしてしまったと自覚しています。ほんとうにすみませんでした」

Aさんは、なにも答えず、わたしを完全に無視したままでした。

その日以来、わたしが会社を辞める半年後まで、Aさんとは一度も口をきかないままでした。

業務で、話をしなければならない時は、何度もありました。それでも、Aさんは、徹底してわたしを無視し続けました。最後まで一度も目すら合せてくれなかったのです。

もっともだと思います。

彼はわたしの謝罪を受け入れる気がないのですから。

おかげで、会社を辞める決心がますます固くなります。

 

わたしが会社を辞める理由。

その理由は、

1、会社員という仕組みで働くことができない。

2、通勤ラッシュ、タイムカード、残業、チャイムが鳴ったらお昼ご飯が食べられる。上司や先輩の誘いを断れない。などなどの、慣習に素直に従うことができない。

3、先輩を殴るという暴挙を働いた自分に罰を与えなければならない。

4、なによりも自分に嘘をつき続けていたことが許せない。この会社で会社員として働く自信がないと、入社前に気づいておきながら、自分に嘘をついて入社した結果、わたしのために指導、励まし続けてくれた上司や先輩を裏切る結果になったこと。

この4項目を見過ごすことができなくなったからです。

不動産の仕事は決して嫌いではありませんでした。でも、

 犯した罪は償わなければならない。

 このことから、絶対に逃げてはならない。

 

09fab808137d073eb29590aae98114d1_m

もう逃げない

 

 

そう、心に決めたのです。逃げるために辞めるのは簡単です。でも、わたしは、罪を償うために辞めるのです。

口でそれらしいことを言ってるだけだ、と言われれば、その通りかもしれません。

 

でも、わたしが、その意識から逃げないことが大事でした。

 

ここで逃げたら、一生逃げ続ける人生を送ることになります。

わたしは、真剣に生きてこなかった。ずっと逃げ続けていた。

もう十分楽をしただろう?

こんな自分という服を全部脱いで、真っ裸の自分に戻って、一から出直したいと思ったのです。

半年間、しっかり罪を償って辞めよう。

 

身体を鍛えて、満を持して退職

 

わたしは、決して頭はよくないので、堕落した自分を変えるにはなにをすればいいのか?

そう考えたときに、

よし、身体を鍛えよう!

そういうことしか、思いつきませんでした。

スポーツクラブの会員になり、お酒を断ちました。

朝、出社前に5キロ走り、就業後、先輩のお酒の誘いを断り、スポーツクラブで2時間汗を流し、外で5キロ走って就寝。

3ヶ月で10キロ体重を落とし、就職前の体重56キロに戻しました。

 

a17569eb8832885a4d7dafa82bff3f8a_m

 

その過程で、あることに気づきました。

身体が軽くなると、頭が軽くなり、今まで真剣に取り組んでなかった仕事が楽しくなってきたのです。体力がついた分、仕事に集中できる。自信がついてくる。できなかったことができそうな気がしてくるのです。

皮肉なものです。

仕事を辞めると決心してからのほうが、仕事が楽しくなっていきました。

ものすごく、後悔をしました。

なんで、もっと早くこのことに気づかなかったのだろう。

なんで、もっと最初から真剣に取り組まなかったのだろう。

仕事を辞めると決意したとたん、

上司や先輩にお酒を誘われても簡単に断れるようになりました。そうすると、上司や先輩は、

「もうお酒辞めたんだ?じゃあ仕方ないか」

と、決して無理に誘ってはきません。そういうものなんだ…。

上司や先輩からの誘いは断れない。そう自分が思い込んでいるだけでした。

行きたくなければ断ればよかった。たったそれけのことが、わたしにはできなかった。自分の勝手な思い込みで。

お酒をやめたら、朝、シャキッと目が覚めます。身体がきついとか、ボ〜ッとすることがなくなります。難しかった仕事が簡単に感じました。

Aさんが、なぜ、わたしにあのような罵声を浴びせて、わたしにしつこくつきまとったのか、なんとなくわかる気がしてきました。

みんな会社のために、自分の生活のために必死で働いていました。そんな中、適当に仕事をしてもみんなと同じように給料をもらっているわたしが許せなかったのでしょう。

Aさんも決して仕事を真面目にしているようには見えませんでした。彼もおそらく片手間に仕事をしていました。それでも、「支社随一の頭脳」と称される能力で、みんなより仕事ができてしまいます。その自分の不真面目な姿勢や、やりがいのない仕事に憤りや苛立ちを感じていたのかもしれません。その部分がわたしと似ていると感じていたのかもしれません。わたしのような能力のない人間と頭脳明晰な自分に同じ部分があることが許せなかったのかもしれません。

次男である父が、次男であるわたしばかりを責める姿と同じかも…。

 

前回、わたしはこう書きました。

傷つく時というのは、自分でもうすうす気づいているんだけど、それは、自分の最も忌み嫌う部分で、普段、意識の奥底に隠してあるような恥部の部分に気づかれた時、そして、そのことを言われた時、そのことを皆にばらされた時です。自分の目の前で白日のもとに晒された時です。

それと、同じように、

人間というのは、

自分の最も嫌いな部分。自分が最も忌み嫌う部分(普段は意識の奥底に隠している部分)が、自分より明らかに弱い相手に似ていると、その部分を見せつけられているような気持ちになり、その人物をいじめたり、攻撃したりするようになります。

Aさんも、わたしに対して、そういう感情を抱いていたのではないでしょうか?

 ”近親憎悪”

の、感情です。

776e4f89718c0c6209521839a759e0fe_m

 

”好意”の表現が”征服”や”威圧”になっている大人

 

それと、もう一つ、気がついたことがあります。

 

”好き” とか、 ”好意・好感を持っている”、と

いう感情の表現が、人とは違う人がいるということです。

好意を持っている相手に対し、素直にコミュニケーションを取って、対等な立場で接するということができない人もいるということです。

そういう人が、パワハラの被疑者(する側)になるケースも多いのかもしれないと思ったのです。

具体的にどういうことかというと、Aさんは、もしかしたら、わたしのことを後輩として好意を持っていたのかもしれない。と、いう可能性です。

Aさんは、わたしのことをバカにし、わたしを罵倒し続けましたが、その反面、飲みに誘うのはいつもわたしでした。わたしに会社や上司の愚痴を言い、自分がいかに優れた人間かということを延々と語り続けるのです。そして、二軒目、三軒目とはしごをして、最後はグデングデンになったわたしをその辺に捨てて勝手に帰ります。翌朝には、昨日の話が嘘のようにまたわたしを罵倒し続ける。夜になると、また、誘う。

一見、矛盾した行動のように思えますが、Aさんにとっては、これが、彼の心を開いた相手とのコミュニケーションの取り方だったのかもしれません。常に周囲を見下していたような人でしたから、好意の表現が、”征服”とか、”威圧”とか、そういうアプローチしかわからない人だったのかもしれないのです。

周りが、それに逆らうことなく従ってきたので、誰も彼を叱る人間がいなかったから、それしかわからないまま大人になってしまった。

そう考えると、そういうタイプの人は世の中に実にたくさんいます。

人との正しい接し方がわからないまま大人になってしまったような大人たちです。ガキ大将がそのまま大人になったような……。

 

少なくとも、そういうタイプの人には、はっきりと言いたいことを言って、わからせてあげることも一つの手ではないでしょうか?

前回のセクハラの回で、H美さんが助兵衛さんを、はっきりと避けるという態度を見せたことが功を奏したように(http://rescue-joshies.com/2015/06/16/rescue-joshiesexercize28/)、

思っていることを、はっきり言ってあげると、案外、パワハラは治まったりするのかもしれません。わたしのように暴力に訴えてしまってはお終いですが…。

 

 

3912aedf747be97663d2d0b94ef9517b_m

 

フリーライターとして生きるということ

 

サラリーマンの慣習と思って忌み嫌っていたことも、そうでもなくなりました。

結局、すべて、わたしの勝手な思い込みだったのです。

わたしが、勝手にルールと思い込んで、わたしが、お酒を断れないと勝手に思い込んで、

わたしがわたしのルールを決めて、自分で自分を生き難くしていただけなのです。

辞める直前が、一番、仕事が楽しいと思えました。

正直、辞めたくなかった。

でも、もう、逃げないと決めたのです。

わたしは、ボーナスが支給される12月10日前に退職すると決めていた(これも自分への罰です)ので、

1991年、10月末日をもって退職しました。

 

その1ヶ月後の、

1991年12月1日から、わたしはフリーライターとなりました。

作家や脚本家として生きることはできなくても、学生時代、演劇に打ち込んだときのように、なにか文章を書いて食べていきたい。

その思いから逃げない。

そう決意しました。ちょうど、声をかけてくださったのが、報道系雜誌の記者の方でした。

わたしは、反射的に「やらせてください」と、お願いします。

就職したときと同じパターンですが、あのときとは覚悟が違います。

12月1日、朝9時に編集部に足を一歩踏み入れた瞬間から、わたしはフリーライターになりました。右も左も、目の前で繰り広げられている議論も怒声も電話の音も何もわからない状態でした。

わたしはフリーライターです。だから、上司も部下もいません。誰も仕事の仕方を教えてはくれません。誰も、わたしの能力なんてわかりません。わたし自身もわかりません。でも、そこにチョコンと座っていても、仕事がもらえない限り、食べていくことはできません。

覚悟するしかない状況に自分の身を置いてみると、覚悟は勝手にできています。

その日の夕方、突然、副編集長に声をかけられます。

「いま空いてる?」

「はい」

「今日、これから、◯◯というコンピューター会社で、バーチャルリアリティの講演が行われるんで行ってきてくれる?」

「はい?でも、ぼくは今日入ったばかりなんですけど…」

「え?記者じゃないの?」

「あ、はい。記者ですけど…」

「空いてるの?空いてないの?」

「はい、空いてます…」

「だったら行ってきて。帰ったらすぐ原稿あげて」

「あの、バーチャルリアリティってなんですか?」

「それを取材に行くんだよ!」

「あ、はい!」

それが、わたしの初めての記者としての仕事でした。講演はすべて英語でした。まったくわかりません。そのまま編集部に戻って、烈火のごとく叱られ、慌てて講演の主催者に電話をいれて、説明を聞きにもう一度戻りました。そして、慌てて編集部に戻り、原稿を書き終えたのが、明け方の5時。それを読んだ副編集長は、

「なんだこれ?意味がさっぱりわからないよ。誰だよ!こんなやつ編集部にいれたのー!ボツだボツ💢。もう帰っていいよ💢」

一緒に講演に行ったカメラマンの撮影した写真もすべてボツになりました。わたしの原稿のせいです。わたしのせいで、カメラマンの写真もボツになったのです。

わたしの能力ひとつで、記事がボツになり、その結果、カメラマンが1日かけて撮った写真もボツになります。掲載するという条件で取材に協力してくださった多くの方を裏切ったことになります。もちろん、その謝罪も、全てわたしが行うのです。

全てわたしの、コミュニケーション能力、取材能力、原稿を書く能力いかんです。こんなにわかりやすい仕事が他にあるでしょうか。わたしは、全身の血が吹き上がるような興奮を覚えました。

その3週間後、12月21日まで1日も休まなかったわたしの体は限界を超え、血尿を出しました。

それでも、休みたいとは思いませんでした。

やったことすべてが、わたしの責任として、自分に帰ってくるのです。そこに曖昧な疑問を挟む余地はありませんでした。

わたしは、身震いするようなやりがいを毎日体感していました。

わたしは、この世界だったら生きられる。

この世界だったら、なにが起きても耐えられる。

そう感じました。

しかし、半年後、ようやくわたしがこの世界になれたころ、忘れていた、パワハラに再会することになります。

一人のベテラン記者さんが、わたしをクビにするべく画策していたのです。

つづく

1a727b891c09def83f329ddd7306a4bf_m

お問い合わせ先

お名前 (必須)

メールアドレス (必須)

題名

メッセージ本文

 


-05-01パワハラ, 05-06いじめ, 05心の冷えとり
-, , , , , ,

執筆者:


  1. […] この先のイメージがはっきりできているのに、それでも、我慢に我慢を重ねた結果、気が付いていたら先輩を殴っていました。(社員を追い込むパワハラの実態3 4〜こんなわたしですら克服できた〜) […]

関連記事

ママ友と子供のいじめ 1 〜いじめっ子のママの悩み〜

ママたちの悩みトレンド   女性週刊誌には、女性のお悩みを相談するページがたくさんあります。 わたしの友人に女性誌ライターがいて、先日、彼がこのようなことを言ってました。 「風さん。最近、う …

冷えとり いやなことがおきるとおこるめんげん①

こんにちは。 冷えとり歴9年生の風茜です。 いつもたくさんのブログの中よりご訪問いただきまして、ありがとうございます。 今回からは、また心の毒について、お伝えしていこうと思っております。 実は、4月、 …

緊急企画!!  子供がいじめられました。どうしますか?1

これから始まる!! もうすぐ6月。 子供たちが保育園、幼稚園、小学校に入学して2ヶ月が経ちました。同じように進級した子供たちもクラス替えをして2ヶ月。新しい環境への緊張感も解け、新しい友達ができ、自宅 …

緊急企画!! 子供がいじめられました。どうしますか?2

親が解決に導いたパターン   わたしの友人にも、娘さんが一人います。小学校にあがって、最初にいじめにあったのは、やはり2年生の時でした。 いじめていたのは、男の子数人のグループ。 ちょうど、 …

ママ友と子供のいじめ9 〜嘘なのか?嘘じゃないのか?〜

子供は見抜く   お友達と遊ぶ約束をしたのに、待ち合わせ場所に友達が来ない。家に行ってみても誰もいない。 翌日、カズ子ちゃんは、「約束場所に行ったけど、音ちゃんが来なかった」と責める。「その …

無料メルマガ

bnr_03.png

無料メルマガ
『恋も、お金も、健康も!
本当に望むものをすべて手に入れる
冷えとり健康法
8日間講座』

メールアドレス ※必須
名前(姓) ※必須





風茜のプロフィール


風茜のプロフィール

冷えとりコーディネーター。
大学卒業後、美術館学芸員を経て、不況、夫の大病のため、転職を8回経験する。仕事のストレスから体が冷え切っていて、ようやく30代後半で妊娠するも、冷えのため切迫早産しそうになる。子供のアトピーをきっかけに冷えとり健康法を知り、靴下2枚ばきから始める。ずっと体が弱く、入院、手術を繰り返していたが、冷えとりで体質が改善されて、健康を取り戻した。現在冷えとり歴10年目。どんどん体の毒出しが起こり、体の冷えがとれて思う通りの幸せな毎日を送ることができるようになった。現在、靴下8枚ばき、半身浴2時間、1年中湯たんぽをいれ、腹7分を心がけている。アラフィフを機に、冷えとりコーディネーターとして、冷えとりと人との間をつなぐ仕事をしたいと活動を決意。2015年6月より冷えとりブログを開始。