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心と体の冷えとり_働く女性の悩み、主婦の問題、ママ友、嫁姑とのトラブルを解決する話  by風宏(心の冷えとり)&風茜(体の冷えとり)

05心の冷えとり コミュニケーションスクール

彼女の問題点はどこに?

投稿日:2015年2月15日 更新日:


 自分を変えることへの期待と不安

「就職はしたが、充実感が得られない。出世の可能性も感じられない。会社が苦痛だ。結婚の予定もない。これからの先行きに不安を感じている」

「結婚して子供はいるが、毎日の育児、家事に追われ、このまま年を取ってしまうのではないかという不安を感じている。二度と社会復帰できないのではないか」

「ママ友との関係に息苦しさを感じている。子供のためを思って付き合っているが、どうもしっくりいかない」

そこから先へ、どうしても進めない。

そんな、女性たちは主に何に怒り、憤り、悩み、壁にぶち当たっているのか。

自分を変えたい!

みんな思っているし、みんなが、

まだどうにかなるはず…。

と、思っています。

でも、本当に、 まだ間に合うのか?

まだ、どうにかなるのか?

本当に、自分を変えられるのか?

不安も感じています。

そして、その不安のもとにいるのが正しい自分の姿なのだと無理やり納得をさせてもいます。

なぜなら、自分に対する期待は運任せ。

不安は確信となっているからです。

その根拠は?

そんなのありません。

ただ、生きてきて、経験上、なんとなくそう思えるからです。

なぜ、そうなってしまうのでしょう。

30歳独身女性の独白

わたしの周りにたくさんおられる30代の女性の中で、もっともポピュラーな人生パターンを送ってこられた方の独白をここで聞いてみたいと思います。思いつくままに語っていただいた彼女の独白です。

彼女、Cさんは30歳。独身。職業、一般事務。彼氏いない歴1年。

わたしって?

 

「なんでわたしがこんな目に合わなきゃいけないんだろう…」

いままで生きてきて、そう思いながら大きなため息をついたことが何回あっただろう。

10回?20回?

いや100回…いや1000回…もう数え切れないくらい…。

「だって仕方ないじゃない。わたしには学歴もなければコネもない。顔もスタイルもせいぜい平均値。しかも、わたしは女。しょせんできることは限られているじゃない!」

そうやって、いじけて慰めて、自分を無理やり納得させて、妥協の水溜りにどっぷりハマって、

「案外ここも温かいのかも…」

と、意識的に勘違いさせたまま生きてきたんじゃないだろうか…。

「こんな生活だけど、でも…、いつかどこかで何かが起きて、気がついたらいつのまにかちゃんと抜け出せていて、意外にも大金持ちになっていたりするかも…」

なんて、具体的な言葉がまったく存在しない夢の世界を描いて、具体的な映像もイメージも浮かばないまま、わたしは日々のしんどい時間を、

「仕事があるだけ有り難いんだ。楽しいと思って時間を過ごさなきゃ」

と、自己洗脳して生きている。

「そんなこと言ったって、どうせいつかは結婚して、子供を産んで育てていたら、いつのまにかそれなりの生活をして、それなりの人生を歩んでいるんでしょうよ」

きっとそうだろう。

……………………

いや、待てよ。本当にそうなの?本当にこのまま小さな会社で、自分より頭の悪い上司の理不尽な要求を聞いて、目立たぬよう、クビにならないよう、ただ時間が通り過ぎていくのに黙って従って、溜め込んだストレスを発散させるためだけにお金を注ぎ込んで、貯金もできないまま、日々の生活がただただ当たり前のように過ぎていく。

こんな生活を送っていて、本当に、結婚して、子供をつくって、それでも仕事を続けて、という、人並みの生活を手に入れられるのだろうか?

ちょっと今までの自分の人生を振り返ってみて。そう、思い出してみて。
いつかそうなるだろう…か。
本当に、ぼんやり描いていた人生になったのか…。

”ぼんやり描いていた人生”

には、なったんじゃないかな…。

ぼんやりしか描いてこなかったから、ぼんやりした人生になった…。

そういう意味では願いは叶ったのかもしれないな…。

じゃあ、しっかり目標を持って、目標を目指して脇目もふらず真面目に生きていたら、目標通りの人生を描けていた?

そんなことない。人生、そんなにうまくいくはずない。

〜いや、そのとおりなっていたよ。しっかり早い時期から具体的になりたい職業、住みたい場所、望む収入。理想のパートナー。優秀な夫と子供。そして、充実したなんのストレスもない人生を具体的にしっかり描き、ブレず、その目標に向かって生きていたら、必ず、なっていた。でも、いま、それを言ってももう遅い。過ぎ去った時間は取り戻せない。なぜなら、それが人生だから〜

心の声に耳を傾けましょう

さて、どうでしょう?

Cさんの言葉を聞いて、「なんじゃこりゃ。まったく話にならないね、こんな人」

そう思われた方も大勢いるでしょう。

でも、

「わたしとおんなじだ…」

そのように感じられた方も多いはず。全部が全部、同じじゃなくても、ある一部分は一緒かも…。そう感じられた方もいるでしょう。そのとき、あなたの心にはどんな声が響いていましたか?

上のような人生を歩んできた30歳のCさんが自分の人生を振り帰ったとき、赤線の言葉が同時に聞こえていたはずです。

〜きちんとできていたら、必ず、目標の人生を歩めていた。きっとそうだろう。でも、いま、それを言ってももう遅い〜

と。でも、その心の声にはまだ先があったはずなのに、いつの頃からか、そこから先の言葉に耳を貸さなくなってしまったのではありませんか?

〜だったら、これからのことを考えればいいじゃないか。終わってしまったことを取り戻すことはできない。でも、これから先、できることはいくらでもあるじゃないか〜

その言葉が、本当は聞こえていたはずなんです。

今でも、はっきりと聞こえているはずですよ。

聞こえているのに、聞こえていないふりをする。聞く耳を持たなくなる。即座に否定する。

そういうことを、繰り返すうちに心の声が聞こえなくなった。

それが今のCさんの状態なのです。

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人間は忘れる天才

突然ですが、わたしは、左耳が聞こえません。14年前に脳腫瘍の手術をして左耳の機能ごっそりすべてを失いました。だからうずまき菅も三半規管もありません。耳の組織をごっそり丸ごと取り出しました。耳の中にはお腹から移植した脂肪が埋め込まれています。(ちなみに顔面左半分は感覚麻痺が残っています)

術後、24時間ずっと、耳元でドラを打ち鳴らされているような耳鳴り(もっと正確に言うと、生コン車からコンクリートが太いパイプで工事現場に送り出されている時の音にそっくりです。工事現場の横を通ればわかりますが、かなりの騒音ですよね)に悩まされ、不眠症になりました。このままでは頭が変になるのではないかと思ったほどです。しかし、お医者さんはこう仰ったのです。

「人間の脳は本当に賢いもんで、一ヶ月もすると耳鳴りはまったく聞こえなくなります。しかも、左耳が聞こえるような感じがしてきます。だから、大丈夫です」

どういうことかというと、

脳は、不快に感じる音を意識から排除しようとし、欠陥部分をなんとか補おうとするのです。だから、実際は、耳鳴りは永遠にドラのように鳴り続けているはずなのに、その音を意識から排除して、聞こえないという錯覚状態を作ってくれるのです。その反対に、まったく聞こえてはいないのに、左耳からも音が聞こえているような気がしてくるのです。

ただし、そうなるためには、この一ヶ月間の苦痛を耐え忍ばなければなりません。音が聞こえない状態にするためには、音を意識しないようにしなければならないのです。いくら、いずれ聞こえなくなるといっても、音を気にしていては時間がかかります。完治まで精神がもたなくなるかもしれません。だから、わたしは薬に頼りました。先生が処方してくれる抗鬱剤を飲み、睡眠薬を飲み、ストレスを溜めないように楽しいことだけを考えて過ごしました。治癒するためにはストレスが、もっともよくないからです。薬に頼るのは正直、嫌でした。でも、先生は、

「逃げることも大事ですよ。向かっていくだけが、病気に勝つ方法ではありません」

この言葉に、ものすごく救われました。

脳腫瘍がわたしの頭に存在しているとき、一番、大事なことは、腫瘍を取り除くことです。これは、もうわたしの意思とは関係なく、生きたければ、手術しなければならない。選択肢がないのです。

それに対し、術後のストレスから打ち勝つためには、薬を飲まずに我慢するのか、薬に頼るのかという選択肢がありました。

わたしは、薬に頼るのは嫌だった。でも頼らないと負けそうな気はしていました。頼らずに勝てれば、そんないいことはありません。自分の自信に繋がるでしょう。でも、負けたら…。
一ヶ月間、本当に辛い日々でした。

耳鳴りは、先生の仰ったとおり、一ヶ月で聞こえなくなりましたが、今度は、睡眠薬を断つとまた不眠症に襲われました。抗鬱剤を断つと不安に襲われるようになりました。この先、自分に人並みの生活が送れるのだろうかと。

結局、最後は、薬を使わずに勝たなければならない。という、選択肢のない状況が訪れたわけです。

「先生が薬を使えと言ったから、こんなことになった。先生のせいだ!」

以前のわたしだったら、そう思ったかもしれません。でも、もうそんなことは思いません。

結局、最後は、自分の力で壁を乗り越えなければならないから。アドバイスや方法論を教えてもらっても、最後は、自分で進まなければならないから。

わたしは、先生のおかげで、一人で壁を乗り越えられる人間に成長していました
普通の生活に戻るのに、ほぼ一年かかりました。
いま、わたしは何一つ不自由を感じていません。

脳は、忘れる天才。というか、

自分にとって都合の悪いことを忘れさせてくれる天才

でもあるのです。

あなたにとって、本当は、良い言葉であるにもかかわらず、それが現状にストレスを与える言葉であれば、脳は聞こえなくしてくれます。

脳は、現状を変えようとしないあなたにとって、ものすごく過保護な親と同じなのです。

Cさんにとっても同じです。

現状を変えようとしないCさんにとって、

〜自分を変えるんだ。新しい一歩を踏みだそう〜

という言葉は、不快です。だから、脳はその言葉をうまい具合に忘れさせてくれます。

でも、

「自分を変えよう。一歩を踏み出そう」

と、Cさんが意識を変えたら、

〜そんなこと言っても、どうせまた変われないよ。挫折するよ〜

という言葉は、不快です。脳は、そんな言葉をかき消してくれるでしょう。

現状に甘んじている限り、忠告の心の声は、聞こえているにもかかわらず、響いてはこないのです。

もう一度、心の声に耳を傾けてください

 

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もう一度、心の声に耳を傾けてみましょう。

心の声はあなたにできないことは言いません。

できること、乗り越えられる壁の存在を教えてくれます。それが心の声です。

でも、とっても耳に痛いでしょう。胸に突き刺さるでしょう。でも、逃げずにまず、その声に耳を傾けてください。

そのために、現状の自分には何が足りないのか。何がしたいのか。

とにかく、しっかり考えてみてください。

答えはまだ出てきません。

でも、正しい疑問点が浮かんでくるはずです。

なぜ、自分は現状に甘んじているのか。

なにが足りないのか。

具体的にどうなりたいのか。

それを考えるのです。そして、心の声に耳を傾けるのです。

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風茜のプロフィール


風茜のプロフィール

冷えとりコーディネーター。
大学卒業後、美術館学芸員を経て、不況、夫の大病のため、転職を8回経験する。仕事のストレスから体が冷え切っていて、ようやく30代後半で妊娠するも、冷えのため切迫早産しそうになる。子供のアトピーをきっかけに冷えとり健康法を知り、靴下2枚ばきから始める。ずっと体が弱く、入院、手術を繰り返していたが、冷えとりで体質が改善されて、健康を取り戻した。現在冷えとり歴10年目。どんどん体の毒出しが起こり、体の冷えがとれて思う通りの幸せな毎日を送ることができるようになった。現在、靴下8枚ばき、半身浴2時間、1年中湯たんぽをいれ、腹7分を心がけている。アラフィフを機に、冷えとりコーディネーターとして、冷えとりと人との間をつなぐ仕事をしたいと活動を決意。2015年6月より冷えとりブログを開始。